とりあえず、一度自宅でチャレンジしてみなきゃね。
ってことで、着付けを頑張ってみました。

・・・が、異常な長さのおはしょり・・・頑張って頑張って上げたが、あら・・・肝心な振袖が床に・・・

って事で、挫折いたしました。

私も小柄な子だったので大丈夫かと思ったのだけれど。やはりいっちの小ささはダントツでした。

しかも重い・・・きっと帯を締めたらいっちさん呼吸が止まるでしょう。しかも、ただ今肺がバリバリいっている状態・・・非常に危険。
再来年・・そのぐらいにチャレンジしてみようかと思います。

まぁ、彼女にとっては生きる事を1年1年懸命にやってきたので。
毎年毎年が七五三です♪

貸衣装で3歳用の帯なしを着せてもいいんだけれどねぇ・・・
背丈は良いが、どうもこの大人顔に→
被布は・・・凄くアンバランス・・・

しかし、この着物はとてつもなく渋いでしょ。
私の亡くなった祖母、いっちのひいおばあちゃんが仕立ててくれた着物です。
昔の人なので着物を仕立てられる人も多かったのでしょう。しかも、繊維関係の家系であるので、祖母にとっては孫の着物を仕立てるなど当たり前だったのかもしれません。

着物の事は全然わからない私ですが、良い生地だと思います。しっかりした重みのある生地です。
まだ結ぶ事ができませんでしたが、帯は黒にゴールド・・・ばあちゃん渋すぎですって・・・

小さい頃、祖母家に行くといつもハギレをもらいました。抽斗に小さなハギレをとっておいてくれて、夏休みに遊びにいった時にいつもそこからもらうのです。
和の生地なので渋い物も多いのですが、ちりめんなどのオレンジやピンクなども稀にあり、私にとっては宝の抽斗でした。
そこから何枚か貰って帰り、人形のスカートや巾着や簡単な物を作りました。
けれど・・・その宝の抽斗の中は年々少なくなっていきました。仕立てる事が難しくなってきたからです。

とても雰囲気のある祖母でした。座って煙草を飲んで。
父が小さかった頃の家族写真をみると、芯の強そうな女性にみえます。

父が中学1年の時祖父が交通事故で亡くなり、女一人で3人兄弟を育てました。
学生さんなどの下宿させたりもしていましたが、回りに親族も多かったのでサポートは沢山あったのでしょう、苦労話はあまり聞いたことがありません。それでも3人を育て上げる事は大変だったと思います。
しかも、後を継ぐはずだった私の父親が家を飛び出してしまう始末・・・なんてワルな父親でしょ・・・(汗)

早くから足が弱かった祖母。外に出る事はあまりできませんでしたが、いつも花札や百人一首などをして一緒に遊んでくれました。
小さい頃から花札とか大人のゲームが得意だった私、祖母は喜んでいつも遊んでくれました。『○○ちゃんが来ると楽しいねぇ~ほらっ、猪鹿蝶!』とかね(笑)
百人一首も学校などでやる前からすべて覚えてしまってました。

孫として一番遠いところ、距離も気持ちも遠い場所にいたので、亡くなる頃には小さい頃の事を思い出す事も無くなっていました。可愛がってくれていた事も思い出せなくなっていました。
久しぶりに着物をみて、目を細めていつも可愛がってくれていた祖母を思い出しました。
祖母の干す梅干しが、どんなにすっぱくて最高においしかったか。
白菜の漬物の味とか。目玉焼きが両面焼きだったのとか。

再来年あたりかな・・・いつかきっと祖母の着物をいっちに着せなくてはって思います。
父も喜ぶだろうなと思います。

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