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2010年03月18日(木)

■ 卒園式 ■

卒園式でした。

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10kgぐらいしか無かった、小さな小さないっちが幼稚園の門をくぐったのが2年前。
大きなハードルを越えての大きな挑戦の第一歩。

入園式では不安そうに立ち尽くすいっち。大勢の中でどうしたらいいかわからず、私がどこにいるのかひとりたちあがりキョロキョロと見回して。

IMG_5017_mdf.jpg年中の最初は、教室に行っても抱きついて離れませんでした。
病院と家との狭い世界で生きてきていたいっち。自分より体の大きい子供たちに囲まれ、怖くて怖くて仕方なくて怯えていました。泣きすぎて黒くなった事もありました。

子供だけでは無く大人に対してもそうでした。抱っこを許すのは私、パパ、あーちゃん、看護師さんだけ。それ以外の人に抱っこしてもらう事はとても無理だったいっち。
補助の先生に、『嫌がってもどんどん手をつないでください。抱っこしちゃってください。』って言った覚えがあります。

遊具だって危なっかしくて。滑り台の階段をのぼれた時はビックリ、先生が常に下で落ちないように構えていたっけ。

IMG_5026_mdf.jpgそんないっちが、教室から外に遊びに行く時に、先生と手を繋ぎながら振り返り、『ママ、バイバイ』としたのが年中の2学期頃。階段が辛かったり、体がしんどくなった時に、『先生、抱っこ』ってアピールできるようになって。

お友達ともいっぱい遊ぶようになりました。振りのある歌などを教えてくれたのは、お友達でした。数人の女の子がいつもいっちのほうを向いて唄ってくれたりして。
そして、歯ぎしりで言葉を作り出したのもこの年中の時でした。皆と同じようにしたい、しゃべりたい、唄いたいという気持ちが歯ぎしり言葉を生み出したんですよね。

そして、年中の最後には。かごめかごめでお友達と手を繋ぐいっち・・・階段が下りれなくて、仕方なく手を貸してもらおうと繋ぐ事はありましたが、それ以外では手を繋ぐ事ができなかたいっち。こうして穏やかな気持ちでお友達と手を繋ぐなんて・・・凄い成長でした。

お弁当も食べられなかったのが。担任の先生が頑張ってくれたおかげで、食べるようになってくれて。先生が仕事でお弁当の準備が遅れると、先生のカバンからお弁当を取り出し、自分の席の隣へ先生のお弁当を持っていくまでに。

付き添いではあるけれど、そうしてゆっくりゆっくり彼女は私から離れ、彼女の世界を作っていきました。

年長になり、一切外遊びには付き添わなくなりました。遊具も補助の先生は最初怖がっていたのですが、補助の先生が追いかけるのが大変になるぐらい遊べるようになってきて。
お友達ともいっぱい遊べるようになりました。手を繋ぐ事もいっぱい。朝バスを降りると、仲の良いお友達3人と横並びで手を繋いで教室まで。途中、園庭でいっちがお絵かきを一度するのだけれど、お友達もそれに付き合ってくれて、描き終わるとまた手を繋いで教室まで。

そして年長の3学期。1時間弱程度の事には付き添わなくなり、教室で待機して待つ事ができるようになりました。『いってらっしゃい』と送り出し、教室に帰ってきたいっちを、『おかえり』と迎え吸引します。

IMG_5046_mdf.jpgそして、最後の最後・・・3日間だけでしたが、1時間幼稚園から外に出かけるようになりました。幼稚園から歩いて1分程のファミレスでお茶しながら本を読みます。
全く心配はありません。勿論、先生には携帯を持ってもらい、何かあったら直ぐ電話してもらうようにしていましたが、十分知り尽くしていてくれていたので心配する事はありませんでした。

最後に離れた日。補助の先生も1人の日で、怪我している子も居て・・・なんて体制。『先生・・・今日は大丈夫ですか?〇〇ちゃんも怪我してるし・・・』と話したら、『いっちゃんは大丈夫です。他が大丈夫か(^。^)ゞ』って先生が答えたのが印象的でした。『じゃぁ、人手が足りなかったら呼んでください。』って外へ出て。

・・・卒園式。

立派に証書を貰いました。
背の低いいっちが、精一杯手を伸ばして受け取った証書。大きい証書を抱えながら、一段一段舞台から階段を下りて。後で、『いっちゃん立派だったよ~』って何人にも声をかけられました。それを聞いただけで涙が出てしまう。

そして、卒園式の席。いっちの斜め左には、年中の時の担任の先生。隣には補助の先生。左後ろには年中の時の補助の先生。
あまりに長い時間なので、調子も悪く(まだ体調が悪いのです・・・)じっとする事が難しかったいっちを、年中の時の先生が相手をしてくれたりしていて。その様子を見ただけで・・・もう涙が止まりません。

・・・

IMG_5078_mdf.jpg私がこの2年間こうしてやってこれたのは。年中の時の先生達がいたからです。
いっちを最高に厳しくも、最高に優しく見守ってくれたのは勿論、親の私が幼稚園での付き添いを続けられるルールを、自然と教えてくれていたからです。いつしか、先生達が作ってくれたルールが私の幼稚園でルールになりました。

『いっちゃんママが手を出しちゃダメ。それじゃ家になっちゃうからダメ。』

保育は全て先生に、ケアだけが私に。当時は吸引も多く体調も今以上に不安定で難しかったけれど、それにも負けずに先生達は作ってくれました。いっちが皆と同じように楽しめるように、頑張れるようにって。
今の私、年長になってもどんどん分離を進められ、そしていっちがどんどん私から離れて強くなっていったのも、年中の先生達が作り上げてくれたから。
勿論、それを年長の補助の先生達が認めてくれて、尊重し、徹底してくれたおかげでもあります。

あの時のふんばりを思い出すと・・・年中時代の先生達には弱い私です。
年中の補助の先生といっぱい泣きました。いつまでもいつまでも応援してくれている先生、本当に温かくて大好きです。
帰る間際には、3人揃っていっちをかわるがわる抱っこしたりして。当時とは比べ物にならないほどしっかりした足、嬉しそうに泣き笑いで。しばらくいっちを囲んで4人で話して・・・もう離れられませんね・・・寂しくて・・・。

・・・
IMG_5049_mdf.jpg誰しもが、『付き添い頑張ったね』って言ってくれて。凄く凄く素直に嬉しい。
けれど、私だけでは頑張れなかった。

ママ友達、幼稚園のすべての先生が受け入れて温かく見守ってくれていたから。

クラスの謝恩会でも、クラスのママ達は自然にいっちに接してくれていて。抱っこしてたり膝の上に座らせていたり。
年長になってお休みが多く、クラスのママ達とも同じ時間を過ごす事は少なかったのだけれど、それでも温かく見守ってくれる人が多かったです。
園長先生、幼稚園の考え、みんながみんな違うという事、ハンデがあってもみ~んな一緒に。そういう気持ちが保護者の方々にも受け入れられているんですよね。


一生分泣いたかな。
寂しいけれど、これだけ寂しくなる経験をさせてもらえた人々に感謝です。
そして、これまで沢山の人の力を借りて強くなれたので、多少の事ではくじけません。元気に楽しく頑張って、そしていつかまた少し成長したいっちを連れてお世話になった方々に会いに行きたいです。

そして

頑張ったね、いっち!
その頑張りを、ずっとずっと見ていたよ。凄く偉かった!

卒園おめでとう!

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