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2010年03月31日(水)

■ ST進歩! ■

調子が戻ってきていたいっちさんですが。

肺の調子は普通にしていれば全く問題無し!なのに、昨日から再び痰が増量しています(-。-、)
そして、100mぐらい歩いたり階段のぼったりだと、発作的な咳が出てしまうのは相変わらず。夜には再び吸引で起きなければならない状態・・・やっと眠れるようになったのに・・・と・・・母ガックリです・・・まぁ・・・本人のほうが辛いのでそんな事は言ってられませんが・・・

さて、今日はカニューレ交換とST。
カニューレを交換した後、珍しく咳が続きました・・・超過敏になっているようです。そして、痰が多かった週なのでカニューレは結構綺麗でした。

続いてST。

すばらしい~STを開始してから初めて!一度も発声の練習を嫌がりませんでした!

苦しくて毎回絶対嫌だと逃げていたのが、徐所に徐所に嫌がりながらも出来る回数が増え。そうしてようやく嫌がらない日が!・・・こんな日が来るなんて夢のよう。

しかも、『あー』というだけではつまらないだろうからと、『こんにちわ』とか言わせてみたりしました。勿論『あー』だけでも難しい状態なので絶対に無理なのですが、それでも言おうと努力する様子がみられました。

『いやぁ~次も期待しちゃうなぁ~・・・けど、次はダメだったりするからね・・・期待しないように・・・いやぁ~でも期待しちゃう~・・・』
って先生(^。^)ゞ
私も同じ(^。^)ゞ

まっ、それより先に。調子戻しましょう。

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2010年03月28日(日)

■ ご心配かけました ■

ようやく、なが~いなが~いトンネルから半分抜け出しました。

IMG7D_0352_1_mdf.jpg土曜日の日中には吸入の追加も無くなり、今日には夜と朝の追加も無くなりました!
夕方と朝は時々怪しい呼吸となりますが、それ以外は大丈夫になってきてます(^-^)
花冷えで、気温が低いまま安定しているからかもしれません・・・が・・・ね。

カメラを向けても表情が豊に。折角なのでTOPの写真も変更しました。

さて、入学まであと1週間。
このまま上り調子でお願いしたいです。

上履きなども購入し準備は万端!
あ・・・名前付けしてないや。

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2010年03月26日(金)

■ もうひとつの ■

療育センターでの卒園式の日でした。

・・・が、体が無理なので行けませんでした。

卒園と同時に成長を祝う会として年少さんから毎年行うのですが。年少の時は呼吸が悪くなり、開始直後に退場。慌てて病院へ駆け込みました。
去年は入院前後だったかな?体調の問題で欠席でした。

せめて本人の卒園の時だけでも・・・と思いましたが、やっぱり予想を裏切らない春の体です。

此処最近になってサイトに遊びにきてくれるようになった方々は、えっ?療育?って思うかな。
いっちさんは1歳の頃からずっとお世話になり。年少からは通園組みとして週2だっけ?通い、年中からは幼稚園と平行通園として、週に1度通っていました。

最初に足を踏み入れたのがリハビリから。PTとSTです。
1歳の春になるのを待ち、隔週で通いはじめました。間もなく月一で保育も。

当時はお座りがやっとできるようになったばかり、6kgになったばかりの細っこい子でした。
そして、現在では想像もできない程の超過敏。視覚触覚何もかも過敏、警戒心が人一倍強い子でした。
新しい玩具には触れず、PTを開始するのにもその場に慣れるまでかなり時間がかかりました。あまりにリハにならなくて、PTの後にST、それが終わったらもう一度PTにおいでなんて事もあった程でした。

歩行器なども一切触れる事が出来ず。いつも先生を困らせていましたが、それでも遊びを交えながら、いっちの自らの力を引き出してくれました。
いっちの警戒心の強さに困り果てる私に、『警戒心がある事は、生きていく為にとても大切で良い事。』と、言ってくれたのも先生でした。それ以来、私もいっちの警戒心に対して広い心で見てあげられるようになりました。

どれぐらい警戒心が強かったかというと・・・1枚の座布団から床に降りるのに腹ばいになって足から床に下りなければならない程です(^。^)ゞ今、その警戒心が欲しいぐらいです(^。^)ゞ
ご飯粒さえ触れませんでした。唇に食べ物がついてしまうのも苦手。おせんべだって勿論持てません。砂遊びなんてもってのほかですね。
今もご飯粒などが手につくのは苦手。けれど、砂遊びも大好き♪程よく綺麗好き程度になりました(^。^)ゞ

そんないっちが歩きだしたのが2歳4ヶ月。7kgになってからでした。
同時に満3歳児として通園が始まったところで、クラスにいっちのPTの先生が入る事に。
まだ歩き方に問題はあり、立ち上がるのも筋力の問題で物につかまらなくては立ち上がれませんでしたが、本人が遊びながらきっと出来るようになるだろうし、クラスで先生も様子を見れるからとPTは卒業となりました。

そして、通園。
満3歳の頃までは、感染症予防の為に冬はお休み。それでも秋冬は肺炎での入院が続きました。

そして、年少になった春からは長期入院。何度も命の危機があり、か細くなった体とは反対にステロイドで顔の浮腫んだいっち。歩く事もハイハイする事も筋力の低下でできなくなり。
親として何もできなくてボロボロになった時、隣に座ってずっとずっと話しを聞いてくれたのが、それまで通園で1歳の頃からいっちをみてくれていた先生でした。何も言わずただただずっと話を聞いてくれて。
いっちが生まれてからずっと泣く事を我慢してきた私でしたが、その時だけは無理でした。

そして、オペをし、拡張を繰り返し、ようやく通園に復活した年少の秋。温かく迎えてくれたのが、年少から一緒のクラスになったママ達と担任になってくれた先生でした。
いっちは、歩けるけれど肢体不自由クラスにでした。体の大きさや動きの問題で知的のクラスは無理という先生の進めでした。感染症の問題もありましたし。

歩くようになったいっちにそれで良かったのか・・・当初悩みました。一人輪に加われないのでは・・・と。
けれど、全くそんな事はありませんでした。障害がどうであれ、子供は子供、一緒に悩み笑いとできるママ友達を作る事ができました。私も私らしく、いっちもいっちそのままで、ママ達にも心を許し甘える程になりました。先生にもいっぱい懐くようになりました。

年中からは、週に4回幼稚園で頑張り、そして週に一度の療育で自分の気持ちを素直にぶつける。幼稚園での頑張りの反動で落ち着かなかったり、幼稚園で出来た自信からお姉ちゃんぽくなったり。週に一度、こうして療育で心をリセットすると、幼稚園でまた少し頑張れるようになっていました。

残念な事に、年長になってからは難しい事が続き。2学期からはほとんど行けず。今年に入ってからはすべて幼稚園優先という事で欠席にしました。
担任の先生が代わり、クラスが代わり、雰囲気も全く違うものとなり。彼女自身なじめず週に一度自分に戻れる場所であったのが、逆にストレスとなりペースを乱す大きな原因のひとつとなってしまいました。

知的のクラスに少し参加させてもらうなど、一時的にはそういった提案もありましたが。今のいっちにとってどの道を選んであげるのが一番良いのか。最終的にはただそれだけを考え、幼稚園にフルで通う事を選択しました。
発達にはかなりの遅れがありフォローは必要で。助けてもらいたい気持ちだって、助言だっていっぱい貰いたかったですが。就学までのわずかな時間、中途半端にして無駄にしたくなかったので、私といっちにとって卒業だと決め、幼稚園を優先しますというお話をさせてもらいました。

沢山の人たちに出会いました。そして、沢山の人たちに力を貰い助けてもらいました。

よく、療育へ相談に行こうか悩んで・・・とか、通うかどうか悩んで・・・というママ達とお話する機会があります。一人で子供と向き合い、大丈夫なのかどうなのか悩んで。
そんなママに良く言うのが、『行くだけいってみな。大丈夫だと思ったら行かないという選択だってできるから。』という話をさせてもらったりします。残念ながら人数などの問題で誰でも受け入れてもらえる場所では無いので、開いているならば入ってみてって思います。地域によっては受け入れがかなり難しいところもあるけれど、一度ドアを叩いて相談してみてと。もしくわ、主治医の先生に相談してみてと。

勿論、良い事もあり悪いこともありかもしれません。ただ、その良い事は街中では絶対に見つからない事であるので。

話はどんどんずれてしまいましたが。

今日の卒園式。
最後ぐらいきちんとお礼を言いたかったなぁ・・・って思います。

が、これからも学校の事などで相談に乗ってもらうので。お礼というかこれからもお願いしますなのかも(^。^)ゞ

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2010年03月24日(水)

■ 微妙や ■

喘息っちのいっちぃ。

ベネトリンとビソルボンの吸入を日に4回まで増やし。夜中などは、あっ、やばい~急げ吸入!なんて場面もあったり。
勿論酸素は抱っこ状態・・・急な咳き込みに何度も起され、吸引し水分補給しまた吸引し背中をサスサスとさすりながら寝かしつけ。ようやく眠ったと思ったら、1時間も経たずでまた同じ事の繰り返しだったり。

いっちの目の下にもクマ。私の目の下もクマ。

午前中は寝不足なのでいっちはお昼寝。昨日は上手いこと眠れたのだけれど、今日はあまりの苦しさに目が覚めてしまい人工鼻を投げつけ、『苦しいー眠れないー!』と泣き出す程でした。

さて、今日は外来。普段ならばバスで行きますが、雨も降ってますしこんないっちを歩かせるのは・・・と、タクシーで。呼吸を気にしながら病院へ。

まずは外科。ロビーのひとつ上の階なので、テクテクと上っていくと・・・

『ぐっ・・・ぐるぢぃ・・・』

ゼイゼイと早まる呼吸、慌てて抱っこして待合のソファーへ。背中をさすってあげているが、咳にならない咳が続き。
マンションだから気がつかなかったけど・・・階段は辛かったようだ・・・バスで来なくて良かった・・・

さて、そんな発作的なものも5分程度で落ち着き。外科でカニューレを交換しその後小児科へ。

今日が小児科で良かった~喘息の事相談できるし~

・・・って思っていましたが。

先生色々考えてくれたのですが。薬剤まで電話して相談してくれていましたが。
残念な事に・・・どう考えても薬の追加が出来ないのです。
喘息に関しての薬は、予防の内服も吸入も張り薬もすべてMAXですし、一時的に抗生剤などで対処しようにも、既に内服している薬との相性が悪かったりしてどうにも上手くいきません。

結果・・・

オノン・・・90mg飲んでいるところを10mg追加・・・

びっ・・・微妙・・・

『あとは・・・吸入で・・・あっ、でも無理しないで無理だったらきてください・・・』

との事で今夜も頑張ります・・・(-。-、)

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2010年03月22日(月)

■ 気が張っていたようで ■

卒園式が終わって家に帰ると。

母・・・一気にダウン。
そして、いっちさんも以前からの調子が全く上あがらず・・・やや下降気味。夜は酸素抱っこに。

それでも母は日中は大丈夫で、朝晩がちょっと辛いだけ。いっちさんも昨日までは朝晩に吸入を追加して対応できている範囲でした。

が今日になり・・・いっちさん発熱・・・
38.5分を朝からずっと維持しています・・・

元気はありますが、食欲があまりありません。
肺は大忙しのご様子です。

う~ん・・・困ったなぁ~・・・

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2010年03月18日(木)

■ 卒園式 ■

卒園式でした。

IMG_5016_mdf.jpg
10kgぐらいしか無かった、小さな小さないっちが幼稚園の門をくぐったのが2年前。
大きなハードルを越えての大きな挑戦の第一歩。

入園式では不安そうに立ち尽くすいっち。大勢の中でどうしたらいいかわからず、私がどこにいるのかひとりたちあがりキョロキョロと見回して。

IMG_5017_mdf.jpg年中の最初は、教室に行っても抱きついて離れませんでした。
病院と家との狭い世界で生きてきていたいっち。自分より体の大きい子供たちに囲まれ、怖くて怖くて仕方なくて怯えていました。泣きすぎて黒くなった事もありました。

子供だけでは無く大人に対してもそうでした。抱っこを許すのは私、パパ、あーちゃん、看護師さんだけ。それ以外の人に抱っこしてもらう事はとても無理だったいっち。
補助の先生に、『嫌がってもどんどん手をつないでください。抱っこしちゃってください。』って言った覚えがあります。

遊具だって危なっかしくて。滑り台の階段をのぼれた時はビックリ、先生が常に下で落ちないように構えていたっけ。

IMG_5026_mdf.jpgそんないっちが、教室から外に遊びに行く時に、先生と手を繋ぎながら振り返り、『ママ、バイバイ』としたのが年中の2学期頃。階段が辛かったり、体がしんどくなった時に、『先生、抱っこ』ってアピールできるようになって。

お友達ともいっぱい遊ぶようになりました。振りのある歌などを教えてくれたのは、お友達でした。数人の女の子がいつもいっちのほうを向いて唄ってくれたりして。
そして、歯ぎしりで言葉を作り出したのもこの年中の時でした。皆と同じようにしたい、しゃべりたい、唄いたいという気持ちが歯ぎしり言葉を生み出したんですよね。

そして、年中の最後には。かごめかごめでお友達と手を繋ぐいっち・・・階段が下りれなくて、仕方なく手を貸してもらおうと繋ぐ事はありましたが、それ以外では手を繋ぐ事ができなかたいっち。こうして穏やかな気持ちでお友達と手を繋ぐなんて・・・凄い成長でした。

お弁当も食べられなかったのが。担任の先生が頑張ってくれたおかげで、食べるようになってくれて。先生が仕事でお弁当の準備が遅れると、先生のカバンからお弁当を取り出し、自分の席の隣へ先生のお弁当を持っていくまでに。

付き添いではあるけれど、そうしてゆっくりゆっくり彼女は私から離れ、彼女の世界を作っていきました。

年長になり、一切外遊びには付き添わなくなりました。遊具も補助の先生は最初怖がっていたのですが、補助の先生が追いかけるのが大変になるぐらい遊べるようになってきて。
お友達ともいっぱい遊べるようになりました。手を繋ぐ事もいっぱい。朝バスを降りると、仲の良いお友達3人と横並びで手を繋いで教室まで。途中、園庭でいっちがお絵かきを一度するのだけれど、お友達もそれに付き合ってくれて、描き終わるとまた手を繋いで教室まで。

そして年長の3学期。1時間弱程度の事には付き添わなくなり、教室で待機して待つ事ができるようになりました。『いってらっしゃい』と送り出し、教室に帰ってきたいっちを、『おかえり』と迎え吸引します。

IMG_5046_mdf.jpgそして、最後の最後・・・3日間だけでしたが、1時間幼稚園から外に出かけるようになりました。幼稚園から歩いて1分程のファミレスでお茶しながら本を読みます。
全く心配はありません。勿論、先生には携帯を持ってもらい、何かあったら直ぐ電話してもらうようにしていましたが、十分知り尽くしていてくれていたので心配する事はありませんでした。

最後に離れた日。補助の先生も1人の日で、怪我している子も居て・・・なんて体制。『先生・・・今日は大丈夫ですか?〇〇ちゃんも怪我してるし・・・』と話したら、『いっちゃんは大丈夫です。他が大丈夫か(^。^)ゞ』って先生が答えたのが印象的でした。『じゃぁ、人手が足りなかったら呼んでください。』って外へ出て。

・・・卒園式。

立派に証書を貰いました。
背の低いいっちが、精一杯手を伸ばして受け取った証書。大きい証書を抱えながら、一段一段舞台から階段を下りて。後で、『いっちゃん立派だったよ~』って何人にも声をかけられました。それを聞いただけで涙が出てしまう。

そして、卒園式の席。いっちの斜め左には、年中の時の担任の先生。隣には補助の先生。左後ろには年中の時の補助の先生。
あまりに長い時間なので、調子も悪く(まだ体調が悪いのです・・・)じっとする事が難しかったいっちを、年中の時の先生が相手をしてくれたりしていて。その様子を見ただけで・・・もう涙が止まりません。

・・・

IMG_5078_mdf.jpg私がこの2年間こうしてやってこれたのは。年中の時の先生達がいたからです。
いっちを最高に厳しくも、最高に優しく見守ってくれたのは勿論、親の私が幼稚園での付き添いを続けられるルールを、自然と教えてくれていたからです。いつしか、先生達が作ってくれたルールが私の幼稚園でルールになりました。

『いっちゃんママが手を出しちゃダメ。それじゃ家になっちゃうからダメ。』

保育は全て先生に、ケアだけが私に。当時は吸引も多く体調も今以上に不安定で難しかったけれど、それにも負けずに先生達は作ってくれました。いっちが皆と同じように楽しめるように、頑張れるようにって。
今の私、年長になってもどんどん分離を進められ、そしていっちがどんどん私から離れて強くなっていったのも、年中の先生達が作り上げてくれたから。
勿論、それを年長の補助の先生達が認めてくれて、尊重し、徹底してくれたおかげでもあります。

あの時のふんばりを思い出すと・・・年中時代の先生達には弱い私です。
年中の補助の先生といっぱい泣きました。いつまでもいつまでも応援してくれている先生、本当に温かくて大好きです。
帰る間際には、3人揃っていっちをかわるがわる抱っこしたりして。当時とは比べ物にならないほどしっかりした足、嬉しそうに泣き笑いで。しばらくいっちを囲んで4人で話して・・・もう離れられませんね・・・寂しくて・・・。

・・・
IMG_5049_mdf.jpg誰しもが、『付き添い頑張ったね』って言ってくれて。凄く凄く素直に嬉しい。
けれど、私だけでは頑張れなかった。

ママ友達、幼稚園のすべての先生が受け入れて温かく見守ってくれていたから。

クラスの謝恩会でも、クラスのママ達は自然にいっちに接してくれていて。抱っこしてたり膝の上に座らせていたり。
年長になってお休みが多く、クラスのママ達とも同じ時間を過ごす事は少なかったのだけれど、それでも温かく見守ってくれる人が多かったです。
園長先生、幼稚園の考え、みんながみんな違うという事、ハンデがあってもみ~んな一緒に。そういう気持ちが保護者の方々にも受け入れられているんですよね。


一生分泣いたかな。
寂しいけれど、これだけ寂しくなる経験をさせてもらえた人々に感謝です。
そして、これまで沢山の人の力を借りて強くなれたので、多少の事ではくじけません。元気に楽しく頑張って、そしていつかまた少し成長したいっちを連れてお世話になった方々に会いに行きたいです。

そして

頑張ったね、いっち!
その頑張りを、ずっとずっと見ていたよ。凄く偉かった!

卒園おめでとう!

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2010年03月16日(火)

■ 最後の園バス ■

保育最後の日。後は18日の卒園式だけです。
いっちの体調は・・・ベストとは程遠いですが、午前中だけなので大丈夫だろうと行きました。

IMG_4953_1_mdf.jpg写真は、朝、園バスに乗り込む最後の風景です。

いっちは、お友達より先に乗るのは好みません。滑り台とかも先にお友達を行かせ、最後に自分が行きます。
バスも勿論そう。

年長さん達は今日が最後のバス。
バスの中では、年長さん達が大好きなクイズ遊びなどをしながら行きました。

園につき、バスを降りると園長先生が立っています。毎朝毎朝、門に立ち続けざっと1000人近く?以上か?いる園児全てと握手をします。
『おはよう~はい、おはよう~』そんな声を全ての園児にかけながら、ニコニコの笑顔で必ず挨拶をします。誰にも真似できない凄い事だと思います。
今日は年長さん最後の挨拶。園長先生の鼻が赤くなってました。毎年の事なのに、毎年泣いてしまうのでしょうね。

さて、あっと言う間の半日保育。これで終わりだなんて嘘のようです。
なにかにつけて泣きそうになってしまう最終日。私は謝恩会の飾りつけの修正をして終わりました。この作業があって助かった・・・泣かないで最終日を終えられました。

さて、帰りのバス。これで本当に最後のバスです。

子供たちをバス乗り場まで送りに来た先生達が泣いています。今年で退職する先生なんて見てられないです・・・
子供たちは無邪気。『何で泣いてるのォ~!!!』と次々と。バスの運転手のS先生・・・『嬉し泣きだよ』と。

思い出いっぱいのバスです。
最初に乗った時は自分の居場所が無いので神経を使い、子供たちには、『何でママが乗ってるの~誰のママ~!』というところから始まって。付き添いの親が一緒に乗るなんて、バスの先生もやりにくいだろうなぁ・・・とか余計な事までいっぱいいっぱい考えちゃったり。

けれど・・・1週間も経つと子供たちは凄く慣れてくれて。み~んながいっちを私を覚えてくれて。幼稚園内で会うと、『いっちゃんママ~!』と声をかけてくれて、『これから〇〇に行くんだよ~』とか話してくれたりするように。男の子とかもハイタッチで挨拶したり。
しばらくすると乗るのが当たり前になり。引越し前は帰りだけだったバスも、引越してからは朝と帰りと乗るようになり。
バスの担当になってくれる先生も学期毎に変わるので、通っただけ、バスに乗っただけ色々な先生達に覚えてもらい。ちょっとした会話で笑いあったり、優しくしてもらったり。
最初は大変だったけれど、本当にバスに乗せてもらえて良かったなぁ~と思います。

そして忘れたく無い事。

いつもバスから降りる時。
バスの運転手のS先生に、『有難うございました』と言いながら降りる時、必ずS先生が言う言葉。

『ご苦労さん!』

この言葉。
S先生が言うこの言葉が、本当に温かくて大好きな言葉でした。

週に一度の通院日には、違うバス停で降ろしてもらっていました。
その時は、『んん?あっ、今日は病院か?ご苦労さん!』

・・・と、ちょっと違うご苦労さんになるんです。これからもう一仕事か、頑張れよというニュアンスのご苦労さん。

子供たちにも厳しく優しいS先生。一人一人気にかけてくれる先生でした。『〇〇。なんだ、お腹痛いのか?先生~〇〇がお腹痛いってさ。』とか、ハンデのある子もいっちを含め何人か乗っているので、そういった子の様子も細かく理解してくれていて。

ハンディがある子が4人乗ってたのかな?バスの先生は二人。なので少し人手が・・・。いっちはお友達と触れ合う事が苦手でもあったので(今は全然大丈夫です)、年長になってからはいっちは私の隣に座る事になりました。運転席の直ぐ後ろ。

けれど、いつも母の隣じゃぁ~と、S先生はお休みのお友達の二人席に一人で座らせてくれたりしてました。バスの先生が、『S先生いいんですか?』とか聞くと、『いいのいいの、いっちゃんが喜べばそれでいい』と。

幼稚園に着いた時は、いっちを席から階段まで手を持って誘導してくれるのはS先生でした。『お母さんは先に降りていいよ。俺が連れて行くから』と、最初に言われ、それからずっとずっとS先生が。
階段のところで先に降りているバスの先生に代わるのですが、いっちが何処まで出来るかを知らない先生には、降ろし方を教えてくれたりします。
大抵知らない先生はいっちの外見や動きで、バスの階段は難しいだろうと抱っこして降ろしてしまいそうになるのですが。S先生は手を持てばきちんと降りる事を知っているので、『そうじゃないよ~こうしてやればいっちゃんは大丈夫なんだから』と説明してくれたりしてました。

いっちだけでは無く、他のハンデのある子の事もそう。出来ない事だけを手伝う。出来るところは手を貸さない。小さい子供相手でも徹底している。そんな素敵な人です。

今日、バスから降りる年長さん一人一人に『有難うございました』と言われていたS先生。握手をしながら、『頑張れよ』と一人一人に。

最後に、お礼を言いありがとうの気持ちを込めて小さなプレゼントをしました。
子供だけで無く、親の私までお世話になっていたので。せめて気持ちだけでも伝えたくて。

最後にいっちと握手。
『頑張れよ』

S先生頑張るよ!

あっと、ところでいっちの様子ですが。
やはり顔色悪い・・・23度というぽかぽかの日だったのに、唇が・・・補助の先生に、『うぅ~ん今日はもう半日で限界~!』って言われてましたね。
帰ってからもしばらく不調。おやつぐらいからようやく元気がでてきました。
只今熟睡中。先ほど、おとなし~くSpo2が90まで落ちてそこから全くあがらずになり。酸素で復活させたところです。

明日は午後が通院。午前中ゆっくり休んで、卒園式にはなるべくベストに近い状態にもっていけたらなぁ~って思います。

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2010年03月15日(月)

■ きらり ■

土曜日・・・いっちがキラリと光ってました。

20100313140436_mdf.jpg・・・鼻水。

あちゃぁ・・・やってしまった。

幸い土曜日から日曜の昼までは、食欲もあり元気で。ご覧のようにラーメンの器抱えてたりしてましたが。
ただ・・・吸引がものすごくて。久しぶりにカテをしまう意味があるのか?と思う程吸引が続きました。懐かしい感覚?

しかし・・・日曜日の午後から熱がどんどんあがり。39度越え。
元気は相変わらずなのですが、さすがに胸の音が酷くなり、拡張剤と去痰剤の吸入を2回追加しました。

そして夜。ややしんどくなってきてしまったので酸素を使用。アンヒバを使用。

朝解熱。

またあがるかな?って思いましたが、午前中2時間近く眠ったら復活!
鼻水光らせながら、お友達から借りてきていたハウルの動く城に夢中です。

明日には幼稚園復活となるかな?明日が午前保育で最後の日、次は木曜日で卒園式の日。もう2回しか幼稚園に行かない・・・。
元気だし、吸引もかなり落ち着いたし。行けるようであれば、最後にもう一度通園バスに乗せてあげたいと思ってます。

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2010年03月11日(木)

■ 最後のお弁当 ■

幼稚園で最後のお弁当の日でした。

20100311124855_mdf.jpgお休みは多かったけれど、この2年間いっちと私の二つのお弁当を作り続けました。

吸入やあれやこれやあるので、5時過ぎには起きないといけないお弁当作り。去年などはいっちの摂食の問題もあり、ある程度柔らかく、そして食べやすく・・・と、大変でした。

最初の頃は食べられませんでした。嫌がって逃げて。
それでも毎日毎日一口でもと頑張り続け、ようやく年中の2学期になってからお弁当を食べるようになってくれました。
初めて完食した日は、担任の先生と補助の先生と思わず泣いてしまったぐらい。担任の先生なんて、毎日必ずいっちの隣でお弁当を食べ、どうにか食べさせようと頑張り続けていた事もあり・・・そりゃ号泣でした。

それが今では・・・勿論補助の先生が隣で食べながら見守ってくれていますが、殆どを自分の力で食べるようになりました。形状もかなりお友達のものに近くなり、作るのも大分楽になってきました。海苔で顔描いたりとか余裕もできて。

今日は最後のお弁当。園内にある梅林で食べました。

『これが最後なんだよ~大きな声で唄おうね!』

担任の先生の声に答え、み~んな大きな声で♪おべんと おべんと うれしいな~・・・♪と唄います。聞いてるこちらはその元気な声に泣きそうです。私にとってもこれが幼稚園で食べる最後のお弁当であり、幼稚園最後に作ったお弁当であり・・・。

今日は裏山で一日中外遊び。離れているのでよくはわかりませんが、いっぱい動いてお腹ぺこぺこだったのかな?がっついていたようです(^-^)

IMG_4916_mdf.jpg幼稚園から帰ると、ほぼ空っぽになったお弁当箱と一緒にカードが一枚。
『今までお弁当ありがとう』という気持ちを込め、ママへのメッセージです。

勿論、教室で作っていたのは知ってますが。
『いっちゃんママは今日は透明人間で』って事になり、見ないようにしていたのでいっちがどんなように作ったかはわかりませんでした。大好きなおかずなどを折り紙を切って貼り付けたりする・・・というのだけは知ってましたが。

IMG_4917_mdf.jpgいっちは。

*海苔で顔を描いたおにぎり
*玉子焼き
*たぶんハンバーグ

っぽいのが貼り付けてありました。
どれも、いっちの大好物です。

頑張ってきたお弁当・・・嬉しいカードです。

さて、今朝お弁当を作って蓋をしようとした時。

“ポロッ”

お弁当の蓋の閉める部分が外れました。どうやら欠けてしまったようです。
お弁当箱も今日でお仕事が終わるのがわかったのでしょうか・・・なんかこういう物語のような不思議な出来事って結構ありますよね・・・お弁当箱さんもご苦労さまでした。

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2010年03月10日(水)

■ 通院日変更 ■

毎週木曜日の午後が通院日でしたが。今日からしばらくは水曜の午後になりました。

いっちの事をず~っと診ていてくれるH先生が、来月ママになるからです☆☆☆

なので、その間S先生に診てもらう事に。
といっても、外科の先生達は小さい頃からいっちの事を知り尽くしている人ばかりなので安心ですし、H先生も産後落ち着き、保育園の問題がクリアできた段階で復帰の予定。夏休みは無理かもだけど・・・1年後ぐらいまでには戻ってきてくれるかな?

やっぱりH先生にはずっと診てもらいたい。いっちの事を知り尽くしているし、いっちと会話が出来る先生なので(勿論ジェスチャーとかね)、凄く凄く頼りになるし親身だし。
けれど、これまでいっちの事をわが子のようにず~っとず~っと診てくれていた先生、危険な時もず~っとず~っと頑張ってくれていた先生。

だからこそ、今度は先生の幸せを♪い~っぱいわが子とベッタリしてくださいって思います(^-^)

けど・・・早く帰ってきてね~(^。^)ゞ

で、今回は引継ぎという事でH先生とS先生とでの診察です。

交換したカニューレの中をみて、『何?これ何?』ってS先生。
『痰と埃と時々砂』とH先生(^。^)ゞやっぱりこんな状態になる子は少ないのでしょうね。

カニューレの問題であれこれ話していたのですが。S先生、実はカニューレおたく。すっごぉ~い詳しいのです。
で、もしかしたらいっちのサイズでスピーチの特注ができるかも・・・という話がでてきました!
サイズなど詳しく調べてみないとわからないのですが、以前先生が診ていた患者さんで、4.5mmの新生児用のスピーチを特注していた子がいたそう。それが確かシャイリーNEOと全く同じ形とか!
なので、もしかしたら・・・いっちも大丈夫かも・・・なんて話がでています。

もしそれがOKならば、サイズアップを頑張らなくても大丈夫。ゆっくりアップしていけば。そして、カニューレから100%の呼吸なのでこれだけ詰まってしまうのだけれど、上にぬければ詰まりも改善できるだろうとの事でした。
それがOKならばすべて良い方向に~ってなる予想♪

ただ、材質の問題とかもあるし、吸引がやりにくいなどもあるし・・・今までそう簡単に行かなかった彼女なので、たとえピッタリのサイズがあったとしても無理って事も大いにあります。期待しなように注意している私です(^。^)ゞ

さて、その後は久しぶりの小児科です。
今までH先生が小児科の事までカバーしてくれていたのですが、最近のいっちは簡単にカバーできる状態では実はありません。
なので、外来の度にH先生が小児科のF先生へと連絡したり、F先生が外科外来まできてくれたりとしていました。
けれど、H先生も産休に入るし、小児科は小児科としてきちんと定期的に診てもらう必要があるだろうと、今後は隔週~月1ペースで受診する事に。

基本的には薬の調整や相談。
今日はK病院での検査結果などでした。勿論、先生にも結果は回っているので。

とりあえず、結果から何か治療に対しての変更などは無く。K病院での考えとF先生との方針が一致しているので助かりました。両者の意見が違うとねぇ・・・どちらを信じたら・・・ってなりますしね。できるだけ治療に無駄無くスムーズにしたほうが、いっちへの負担も少なくすみますし。

次回は2週間後。
しばらくは外科+小児科、外科+STのセットを交代でこなしていく感じかな?頑張りましょう!

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2010年03月08日(月)

■ いつものです ■

IMG_4887_mdf.jpg深夜?朝方?3時頃になにやら嫌な呼吸の音。

いっちを見て振り返ってモニターを見ると・・・Spo2フラフラで心拍100越え・・・嫌ぁ~な予感。

おでこに触れると・・・やっぱり熱。
吸引するとちょびっと出血。
体温を測ると38度5分

・・・炎症での熱ですね。

喘息が続いているので、気管ちゃんが悲鳴をあげてしまったようです。

いつものように朝には熱が下がりましたが、やはり体は疲れているようです。眠ってしまいました。
このまま回復しますように・・・

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2010年03月05日(金)

■ 予行演習 ■

卒園式の予行演習。舞台での練習はこれが最後になります。

見たらフライングで泣いてしまうのは間違いないので。最初から一切見ないでいたいな・・・と思っていたら、急遽クラスのママ達で親睦会を行う事となったので、そちらに参加しました。

場所によっては勿論無理ですが・・・幼稚園の目の前のお蕎麦屋さん♪これならば途中で吸引しに行く事も可能♪
一応1時間に1度の吸引と決め、それ以外の緊急時は携帯で呼び出してもらう事としました。
11時~13時が親睦会なので、前後に吸引を行うとしても途中1回抜けるだけで済みますしね。

まずは、園児達がホールに向かった後、謝恩のママ達が作ってくれた部屋の飾りをディスプレイ。凄く可愛い部屋になり凄いなぁ~とビックリ。
そして、11時に吸引をし、親睦会へと向かいました。

地区のお友達とミニミニ親睦会は先日体験しましたが、クラスなどではこれが初めての参加です。そして、勿論最後です。
本当はこういう集まりに時々でも参加できれば良かったのですけれどね。ケアがあるので、幼稚園ママを思い切り楽しめなかったのがちょっと残念ですね~。けど、最後の1回だけでも参加できて良かったか。

ここまで分離ができたのは、幼稚園になって初めてですね。
けれど、直ぐ行けるという事もありますが、まったくこれっぽっちも心配しないで済みました。年中の時は吸引が多すぎてさすがに無理でしたけれど、いっちも大分強くなりましたねぇ~。
3学期から積み重ねて積み重ねてわずかな時間でようやくここまできたなぁ~って。先生に感謝、自分の頑張りにちょっと拍手です(^。^)ゞ

IMG_4869_mdf.jpgさて、予行演習は。
きちんと証書を自分でもらえたそうです!心配だった階段も、やはり『自分で降りる!先生はいらない!』って雰囲気だったようで、先生も手を出さず、危なかったら支える準備だけしていてくれたそう。

ただね、後半は疲れてもうヤダってキレてたみたい(^。^)ゞ
本番大丈夫かなぁ・・・(^。^)ゞ

写真は予行演習の為、今日は指定のブラウスとネクタイ姿。
入園した時はあまりにブカブカでお世辞にも似合うとはいえませんでしたが。ようやく入園前の年少さんサイズくらいまで成長(^。^)ゞボチボチみられる姿になりました(^。^)ゞ

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2010年03月04日(木)

■ 影響あるんだね ■

幼稚園→外科→STでした。

外科では。
『あ~右がきてるね~』との事。
日中は大分マシになったと思ってたけれど、やっぱりまだまだ回復とはならないね。
三寒四温というか・・・毎日10度近い気温差があるからね。真冬と春と一日で行ったりきたり・・・これじゃぁ~いっちにはきつすぎる。

カニューレはやはり痰が全体的にへばりついてました。
『苦しいよ~』っていう肺のアピールだねって先生(-。-、)

さて、その後はSTでした。
最初はやる気無しだったのだけれど、先生とのひらがな遊びにごまかされ?途中からきちんと発声の練習。

ところが・・・

声が出ない・・・搾り出してなんとか掠れたつぶれたような微妙な音だけ。

どうやら、検査で通常以上に浮腫んでいるらしい。ファイバー・・・通常は外来対応程度の検査なんだけどなぁ・・・いっちにはやっぱりかなりの負担なんだね。検査後なので、無理しないようにと自宅では練習をしてなかったので気がつかなかった。

こういった状態で練習して大丈夫かとSTの先生に聞いたところ。問題は無いのだけれど、本人はしんどいので程ほどにという事でした。しばらく気をつけてあげよう。

さて、日中ある程度落ち着いていた喘息ちゃんは、予定通り夕方から本領発揮しています。進んでホクナリンを貼るいっちさんでした。

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2010年03月03日(水)

■ 準備 ■

卒園まであと半月。という事は、入学まであと1ヶ月!

IMG_4865_mdf.jpg体操着袋やコップ入れ作ったり、防災頭巾のカバー作ったり・・・なんて色々と製作物がありますが。勿論まだ作っておりません。デザインだってまだ浮かびません。

筆箱や鉛筆やクレヨンや色鉛筆や・・・の購入勿論まだです。

それどころか・・・

入学式何着るんだろう?いっちも私も・・・考えなきゃなぁ・・・
私は卒園式もあるしなぁ・・・入学式はいっちの入園の時と同じでいいか・・・
いっちなんて入学式で1度しか着ないものだろうしねぇ・・・さてどうするか・・・
そうそう、靴もわざわざ買う物では無い(行き帰りしか履きません)とみんな言うし、じゃぁ履く靴は?っていってもそれっぽいのって全く無いし。

準備がいっぱいだ。

とりあえず、今日急いで学校指定の信用金庫に口座を作りに行き。その足で体操着を購入してきました。

お店の叔父さん・・・お兄さん?いっちを見て・・・
『お嬢さんの入学ですよね?う・・・ん・・・120・・・着てみますか・・・?』
『いくつのサイズからあるんですか?』
『いやぁ・・・120からしか・・・それ以下だと・・・多分現在は生産してないかと・・・特注に・・・』
・・・・・
『120で。あっ、試着はいいです。』

どんなにぶかぶかでも仕方ない事ですしね。着てみたところで。
上はね、わりとスリムな体操着なのでブカブカでもまぁ許せる範囲。けれど・・・パンツは特に小尻ちゃんのいっちには・・・酷そうだわ・・・半ズボンが完全にハーフパンツだし、、、

『下のパンツには・・・紐だと細く絞り込むのが難しいかと思うので、ゴムをもう1本通すといいと思います。』

適切なアドバイスをありがとう・・・お兄さん(^。^)ゞ

さて、幼稚園は本日『歌声コンサート』。
コーラスのサークルのママ達が園児達に踊って唄ってくれました(^-^)

最後には子供たちから『アンコール!』の声がやまず。

卒園でサークルを卒業するママもきっといる事でしょう。ママ達子供たちの声に号泣でした。
アンコールの曲はポニョ。み~んなで楽しく歌って踊りました(^-^)

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2010年03月02日(火)

■ 雛人形 ■

今年の雛人形。

IMG7D_0069_mdf_mdf.jpg
いっち作。
幼稚園で作ったものです。

本当はもっとふわふわな紙(ボンボンつくるような紙)を丸めて飾ったりするはずでしたが。いっちさん、あの紙が何故か嫌いで。とてもシンプルな雛人形になったわ。
ま、いっちらしくていいか。

さて、いっちさんは不安定で相変わらずってとこです。夜は酸素を使ったりもしてます。
けれど、幼稚園は頑張って行ってます。朝方はやっぱり休もうか・・・とも一瞬考えたりもしますが、何より本人が行く気満々ですし、日中になれば多少胸の音も落ち着くので。やはり、夕方~深夜、そして朝方が酷いんですよね・・・典型的な喘息症状・・・

さて、幼稚園では卒園式の練習頑張ってます。
今日は6クラス揃って通しでの練習。舞台で初めて証書を貰う練習をした時は・・・困った・・・泣きそうだ。ふと去年の補助の先生を見ると、ずっと心配そうに前のめりになりながら目でいっちの姿を追っていた。それ見たらなおさら泣きそうになる。

片手では持てない大きさの証書を、両手でしっかりと抱えて、一段ずつゆっくり階段を降りる姿。凄いねぇ~入園した時には考えられないいっちの姿。立派だよ~。

次のクラスではいっちの幼馴染ちゃんが舞台に。これまたやばいね・・・泣くのをこらえるのに必死の毎日です。私。

いっちの吸引も落ち着いてきてるし、明後日の予行練習(これが最後の練習です)はホールには入らないでいる予定です。外での待機にして、時間で吸引しようと。あとは、携帯呼び出してもらって対応しようと。
じゃないと、母の精神状態が涙をこらえすぎておかしくなりそうです(^。^)ゞ

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2010年03月01日(月)

■ お別れコンサート ■

朝方。寝ながら気切孔をかきむしるいっち。

吸引すると気切孔周りに血が。痒い苦しいそんな状態だったのでしょう。

起きてからガーゼを見ると、黒ずんだ血液と鮮やかなリョックーで見事に染まったガーゼ。あぁ・・・いつもながら思うけれど、この配色って絶対ありえない。人間って色々な色を持ってるのねぇ・・・。

なんて呑気な事言ってる場合じゃ無い。

はい、昨日からどんどん進み、幼稚園どうしようかと思う程の喘息ちゃんないっちです。

けれど・・・今日は幼稚園での『お別れコンサート』。サークルのママ達の演奏や、皆で歌ったりなどがあります。
行かせたいなぁ・・・とも思うし、いっちも『行くっ!』って言うし。
ダメならば早く帰るか・・・と、頑張って行きました。

さて、コンサート。私もホールの一番後ろで聴かせてもらっていました。

グッとくるものがありますね・・・今まで幼稚園で唄ったていた歌の演奏、その演奏に合わせて大きな声で唄う子供たち。
泣いている先生もいたそうです・・・そういう私もこらえるのが大変でした。

『世界で一つだけの花』
この歌も演奏してくれました。先生達も前に出てみんなで唄って。

直接この歌に影響を受けたのでは無いのですが、『一花』という名はこの歌そのままでした。
そして、一花が生まれた時からこの歌は彼女にとっての応援歌だなって勝手に決めさせてもらっちゃうぐらいの歌でした。

なので、この歌には弱いのです。極力聞かないようにします。買い物中とか街で流れてても聞き流すように。
すみません・・・こうして書きながらも泣きそうです・・・

彼女は彼女、そのままが一番でそのままを一生懸命生きてね。そんな彼女がやっぱり大好きだなって思います。

コンサートが終わって、教室に戻るまでの廊下。後からゆっくりと一人戻っていたら、途中で脱線しているいっちと補助の先生がいました。

補助の先生が・・・少し潤んだ目で、

『夢を見て・・・いっちゃんがしゃべった夢を見たんです・・・

“たのしい”って

きっとスピーチ(看護師さんなので詳しいです)になって声が出て・・・ってそこで目が覚めたんです。』

やだ・・・今先生そんな事聞いたら泣いちゃうってば。
きっと先生、検査の事、順調に行くよう心配してくれていたのでしょうね。だからそんな夢を。

歌が大好きないっち。家でならば手拍子してリズムをとったり、歯ぎしりで唄ったりします。ご機嫌だと鼻歌のように歯ぎしりで一人唄ってたり。

けれど、今は大好きな歌が嫌いになってしまう時があります。
幼稚園での歌の時間・・・今は卒園の歌の練習とかね・・・ちょっと辛いみたいです。振り付けのある歌ならばOKだけれど。
皆が出来るのに自分はできないというところが辛い。去年ならば出来ないなりに歯ぎしりで唄ったりしてたけれど、もうそれでは通用しないみたい。
そして、『自分は出来ない』とアピールするのも嫌みたいで、『自分はお絵かきしてる・・・』と逃げます。

そんな様子を見ながらのコンサート、なおさら泣けてしまいます。
そこだけは何もしてあげられませんからね。

そして、残酷だけれどもこの悔しさが必要でもある。悔しいからどうにか声を出したい・・・周りがあれやってこれやってって発語を促すよりも、いちばんこの悔しさがリハビリになる。

私はいっちが話せないという事をつい忘れてしまう。発達によりずれはあるけれど、殆ど言おうとしている事がわかるから。
私からみたら、『焦らないでいいよ。いっちのペースで色々な言語方法を手に入れていこうね。元気ならばなんだっていいんだよ。』っていつだって言えてします。

けれど、いっちの心の中は、『声が欲しい。唄いたい。』『けれど、発声の練習はとてつもなく苦しくて嫌だ。』
どちらも当たり前。
全く声が出ないいっち。漏れもしないいっち。
気道が喉頭蓋とカニューレの上の肉芽で2重に塞がれていて。自分の呼吸の力でそれを持ち上げないと声が出ない仕組みのいっちの喉頭の構造。それに気管も細いとなったら・・・苦しいのも当たり前だよね・・・。

けど、頑張って使わないと良くなってはいかない。

褒めて褒めて、そしてまた褒めて。練習頑張るしか無い。
希望に近づくにはそれしか無い。

2月27日。
気管切開してから丁度6年。
声を持たない生活6年3ヶ月にもなりました。
月日を思うと、簡単に声が出るようになるはずも無いって思いますね。

さて、話がどんどんずれましたが。

なんとか持ちこたえた幼稚園。
けれど、やはり改善はされず・・・明日には復活!なんて軽いものでは無さそうです。
明日へ向かって現状維持でいられるか・・・それとも気温とともにギュウギュウ谷へとすべり落ちてしまうのか・・・それは嫌だ・・

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