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2007年10月19日(金)
■ 就園 ① ■
11月には4歳になるいっち。来年は、年中さんになる年齢です。
障害を持つ子の親の多くは、この年齢のこの春夏は悩まされる時期です。
勿論、障害によってなので、早くから保育園などの入れたお友達もいますし、病状や発達などにより人それぞれですが。だとしても、入園が1回でスムーズに・・・というのは、数少ないかと思います。
特に医療的行為のある子を持つ親は、この時期頭を抱える事が多いです。『医療的行為』いっちの場合は調子の良い日で、1時間に1~2回行なわれる『吸引』が医療的行為にあたります。
ここ2~3年程ですが、気管切開児の裁判のニュースを見た方も多いと思います。この『医療的行為』がある事が、入園するにあたっての大きな壁となってしまうのです。
医療的行為は、医療資格を持つ人、医師、看護師が許されている行為です。しかし、それでは在宅にて生活ができなくなるので、指導の元、世帯を共にする親族が行なう事も許されています。しかし、それ以外で許されていないので、幼稚園や学校に行く場合、看護師の配置をお願いする事になります。
勿論、知的問題が無く、吸引回数も殆ど無い事から、看護師の付き添い等無く、先生達の見守る中で恵まれて園生活を送られている子tもいらっしゃいます。付き添い無しでも大丈夫だと。
先日も朝日新聞の『声』の欄に、気管切開児で就園が決まった親御さんの投稿が載っていました。お子さんが幼稚園に通うのを何より楽しみにしていると。そんなニュースを見ると、こちらまで嬉しくなります。
しかし、そうで無い子も沢山います。吸引だけが問題では無く、それ以外にも色々な問題を抱えて。
いっちもそんな子の一人です。
いっちの場合は、半年前までは、白紙でした。
ただでさえ体が小さく、障害を持ち、かつ医療的行為が欠かせないから。いっちの吸引の回数ときたら、5~10分に1回が普通の毎日だったし。
年中さんから、療育園が3回になるので。あと、1~2回プチ保育ぐらいで良いかと。それだって、ケアの問題があるから上手く探せるかわからないけれど。
ただ、軽い鼻風邪だけで直ぐに肺炎になってしまい、それを繰り返していた去年まで。年中さんになったからといって、どのくらい強くなるなんて想像もつかないし。強くなったいっちを想像しろというのが難しい話しで。結局、考えれば考える程、無理だよな・・・ってなっていって。
最終的には、療育園に冬も通えるようになる事。まずはこれが第一関門かな?って考えていました。
けれど、春の兆しを感じ出した4月から。これを読んでくれている方はよ~くご存知ですが。いつ命が消えてしまうのか・・・という日々を過ごしていたいっち。毎日が辛くて、しんどくて。いっちは笑顔なんて全く無くなって、横になる事も出来ず、ずっとずっと座って息だけを必死にしていて。
足はみるみるうちに痩せ細り。立ち上がる事も這い蹲る事も出来なくなって。
将来の事なんて、考える事は無くなっていました。
ただ、ただ、生きていてくれれば良いと。障害が重くなる事があっても、それはそれはとっても怖い事だけれど、ただ、ただ、生きていて欲しい。そして、できる事なら呼吸が楽になって笑って欲しい。そして、欲を言えば元の元気に遊びまわるいっちに戻って欲しい。生きていて欲しい。
そうして過ぎた3ヶ月。
皆必死で。また元の体に戻れるよう、そして少しでも筋力をつけて呼吸を助けられるよう。病院のスタッフの方々も、いっぱいいっぱいいっちの相手をしてくれていて。いっちが笑うようにと、勤務明けで疲れているだろうに、朝のTVにあわせて踊ってくれていたり。ミストと酸素と吸引器を引きつれ、バギーにいっちを乗せてプレイルームまで移動してくれていたり。それはそれは、とっても良くしてもらいました。
そして・・・見事オペを乗り越え、元気を取り戻してくれたいっち。
気がつくと・・・言葉の理解が凄いのです。増えているんです。
家に私と二人だと、会話というのは限られます。しかし、病院にいると、みんなみんな話しかけてくれます。急変も多かったので、常に気にかけていないと危ない状態だったという事もあり。そのせいか、なおさらいっちへの話しかけが多くなって。それが、どんどん積み重なり、いっちなりに言葉の理解が増えてきたのです。家に連れて帰ってきて、とても驚きました。その理解に。
一時退院した7月。
改めて、いっちの今後を考え始めました。
就園②へつづく
■ 就園 ② ■
オペが終わり、どんどん元気を取り戻していったいっち。
プレイルームではいつも保母さんを独り占めしようと、ずっとずっとくっついて歩いていたり、あれだけ人になつかなかったいっちが、看護師さんや先生にもすっかりなついて。聴診器なんてあてると顔を持って、自分の顔をくっつけて『ちゅきちゅき~♪』と、アピールしたり。変な話、病院で社交性を見につけたいっちでした。
そして、元気を取り戻していく度。
私は・・・うんと欲張りになりました。
これだけ生きるか死ぬかという境で頑張ってきたいっち。元気になったのだから、もっともっと世界を見せてあげたい。思い切り遊ばせてあげたい。3ヶ月間でたった1日しか外に出られなかったいっち、お外遊びが大好きなのに、毎日病室で頑張って頑張って。
そして、欲張りになった私は、いっちが一時退院してからというもの、とにかく外に連れ出しました。今までなかなか行けなかったサークル、療育園も喘息で一日休んだだけ。お友達とも、少ない時間であろうが、予定が重なろうが、会う事を心がけました。できる限り外へ、沢山の人と出会わせてあげたいから。
また、一時退院であり、具合が悪くなったら・・・などとも考えられますが、そんなの関係ねぇー!って感じで、動き回りました。勿論、いっちの体が第一なので、そこだけは注意はしていましたが。
そして、活動が始まりました。就園です。
まずは、保育園か幼稚園か。
色々考えたけれど、できる事ならば幼稚園のほうがいっちには良いかと。
保育園は働いている方達が、子供を預ける場合が基本となるので、多少の風邪ならば通う子が殆どでしょう。そして、園にて具合が悪くなり、迎えに行くとか。
そう考えると、専業主婦が多い幼稚園のほうが、まだリスクが低いという事があります。具合悪そうだから休んでおこうか~となりますから。
あとは、時間の問題。もともと体力が無いので、あまり長く自由な時間が多い保育園よりも、短時間集中型で無いと、いっちには持たないと思うのです。あと、私も完全付き添いにならざるおえないので、それだったらそのほうが良いかと。
いっちのように、ケアのある子は早めに活動し始めます。夏休みに入る前あたり。それよりは遅くなってしまい、多少あせりもありましたが。とりあえず、どのように話しを進めてよいか、『幼児教育センター』へと問い合わせてみました。
一応、簡単に相談には乗ってくれましたが。ただ、各園に問い合わせて直接園長と話して・・・という事でした。
というのも、この市は公立の幼稚園が2つしかありません。それ以外はすべて私立。なので、我が家の近くにある園も私立ばかりとなっています。園の方針もあるので、直接話すしか無いのが現状です。
そして、この公立の2園さえも。2年後には閉鎖します。次の4月からの年中さん30人(うち一人が障害児)と、年長さんの欠員の募集で最後。
そして、この公立園も、うちからはバスと電車でをり継がなくてはなりません。晴れていればバスの部分を自転車でとも出来ますが。まぁ、どちらにしろ小学校で言えば学区外。そちらに通うならば、小学校へと同じお友達で~とはなりません。まぁ、それは良いとして。。。
とりあえず、近場の幼稚園へと電話しました。
一つ目の園は、私の卒園したS幼稚園。我が家からは2番目に近い幼稚園です。
これが・・・
最低な園でした。私は、こんな幼稚園に通っていたのかっ!!!と、記録を抹消したくなる程、酷い対応。
園長の旦那(理事長?らしいが・・・)が電話に出たのだけれど。
『あぁ、うちはそういった前例が無いから無理無理。』
それでもダメ元で、別室待機での付き添いの話しをしてみるにも、
『他の園児に悪影響だから』
・・・愕然としましたね。これ、人間が言ってますからね。それも園に関わるいい大人が。
しまいには・・・
『そういう子にはそれ相応の場所があるでしょ』
・・・だそうです。
人間じゃありませんよね。この人。
『療育園とかそういう事ですか?』
・・・と、話しをつっこんでみましたよ。
『いや、私にはわからないけれど・・・』
・・・だったらそんな人をわざわざ嫌な気分にさせる言葉を言うんじゃない!!!
とりあえず、姪っ子が通っている幼稚園でもあるので。それ以上、争いたくないので、電話を切りました。どちらにしろ、そんな対応の園、こちらから願い下げです。
気を取り直して、一番近くのW幼稚園へと連絡。
対応はまずまずといったところでしょうか。ただ、やはり別室での付き添いは難しい。年長さんならば考えなくも無いけれど・・・という話でした。年中さんの段階では、お断りです。
(;-_-) =3 フゥ
気を取り直して、我が家から3番目に近い園、T幼稚園へと電話をしました。
一応話しは聞いてもらえましたが。ただ、調子が良すぎる感じ。事前に会う事をしようとはしません。園の説明会に来て、そちらで判断してください~みたいな。そして、あまりにクラスに参加出来ないのは困ると。
まぁ、対応としてはこの3つの園の中では一番良くはあるんだけれど。けど、これでは話しが何も進まない。そうでなくて。どんなお子さんですか?一度会って、一緒に考えさせてもらっていいでしょうか?そんなセリフは出てこないのか。
私としては、とりあえず会って、一花に会って話を聞いてもらいたいのです。色々問題はあるけれど、こうして色々な事に興味を持ち、お友達が大好きで、遊ぶことが大好きないっちを。
けど、面接までもたどり着けない現状。3つの園の話しを聞いて、ただ悲しくなりました。なんで・・・面接すらダメなわけ?
お友達からちらほら話しは聞いていたのだけれど。あまりに酷い現状に愕然としました。
これだけ頑張って生きてきたいっちを、どこも受け入れてくれないの?・・・世の中の冷酷さを目の当たりにした感じです。
難しい事は言ってません。看護師を配置してくれとか希望しているわけではありません。ただ、付き添いさせて欲しい。それだけです。それがどこも無理だと言うのです。
断られるのをわかりながら、このまま電話をかけるのか・・・数少ない可能性を求めて・・・と思うと、受話器を持つのも辛くなってきました。
就園③に続く
■ 就園 ③ ■
このまま電話を続けても、らちがあかない。とりあえず、幼児教育センターに今一度連絡してみよう~と、いくつかあった番号の中から、前とは違う番号のところにかけてみました。違う人が出ればいいなぁ~くらいの軽い気持ちで。
したら、私間違えてしまったらしい。教育センターではあるものの、小学校から対象の窓口だったらしく。聞いてみたら場所も違うと。
けれど、その方。とっても話しを良く聞いてくださり。『この窓口は違うけれどね、私から幼児教育センターの方に事情を話すから。あと20分ぐらいしたら、幼児教育センターの方に電話してくださいと。その方が話しが進みやすいから~』との事。
そして、指示されたように電話をすると・・・前回の電話の対応とは全然違う!所長さんみたいな偉い方が電話にでて、きちんと面談をしてくれるとの事。ちょっと、『以前電話があってから連絡が無かったので、とっても心配しておりました・・・』みたいな嘘くさい話しかけもありましたが(-_-;)ここは我慢して聞き流し。とにかく、会って話を聞いてもらわなければ、先へとは進めなさそうだから。
それから、拡張オペと検査の為再入院。
それが落ち着いた、8月のはじめ頃に面談は行なわれました。
まずは、一番教えてもらいたかった事を質問です。
この地域で、医療ケアがある子の現状。就園の問題。いったい、どのぐらい受け入れてもらえているのか。
しかし・・・とっても例が少なすぎ。一人、気管切開児が公立の幼稚園にいたというぐらい。私立が殆どなので、各園の方針にもよるけれど、義務教育では無いので、基本的にその子の為にという看護師の配属は無いという事でした。
それは、ある程度はお友達などの情報でわかってはいました。器の狭い、引き出しの少ない『市』だなと。
ならば、別室で親がケアの為に待機させてもらう事は・・・というと、私立では園長先生の方針によりで、OKが出るところもあるかも・・・というぐらい。なので、電話してみたように、近場では無しという事となります。
私としては。
勿論、信頼できる看護師さんがいっち専門で配属されるのが一番理想ではあります。しかし、いっちが慣れた年長さんぐらいには週に1~2回とか、午前中だけとかでお願いする事があるかもしれないけれど。基本的に、泣いてチアノーゼが出しまうような今の段階、年中の段階ならば、私が別室で完全待機させてもらうという形でって思ってます。
そして、看護師さんが付いてもらわないとしても、一人補助の先生をつけてもらうのが絶対条件です。最初は30分毎、あろうがなかろうが吸引の為に連れてきてもらいます。そして、いっちの状態が大丈夫なようなら、1時間毎とか。
勿論、障害児として発達遅延の問題も大きくあります。自分で吸引にやって来てくれるという事は難しいですし、抜管事故の防止の為にも誰かついてもらう必要があります。あとは、食事の介助と、まだオムツがはずれないので、その問題もあります。ようやく少しずつは教えてくれるけれど、4月までに完全に~とは到底無理かと思われます。
あとは、歩行の問題です。
いっちは、歩くことは確かにできますが、人と足並みを揃えて~というのは、呼吸状況から無理です。度々休んで整えないと歩けません。呼べば進めるという問題では無いので、かなり遅れます。ほっとくと一人取り残されてしまうので、障害児としての補助の先生が必要となります。
ごちゃごちゃ書きましたが。とりあえず今の幼稚園の段階では、医療的ケアはすべて親が。そして、障害児としては補助の先生にお願いする。そこまでで、いっちの現状と市の現状ではMAXかと。
そして、その相談で。一つの園を進められました。
2年後には廃止になる、公立の幼稚園の一つでI幼稚園です。そこでならば、別室での親の待機が出来ると。今までも、気管切開児では無いが、他のケアのある子でそうやって待機して~という事があると。
で、勿論公立で障害児枠を設けているところだから、障害児に対しての受け入れがスムーズだと。
見たところ、ケアだけ親が行なえば、それ以外は一花ちゃんは園でやっていけるだろうと。
丁度、以前I幼稚園に勤めていた方がそちらに居て。その方からもお話を聞く事ができました。
そして、その方も一花ならば断る事は無いだろうと。親が付き添うのだし~と。
ただ、問題は障害児枠が1人な事。それ以上の募集があったならば、抽選となります。
なので、そこに落ちたらどうなる・・・という事です。勿論、可能性は大きいです。たった1人なのだから・・・。
けれど、先に進まなくてはなりません。それでも受け入れてくれる可能性が一番高いのだから。
そして、9月の中旬、I幼稚園の見学会へと行きました・・・。
就園④に続く
■ 就園 ④ ■
駅まで自転車で、そして電車に乗って一駅。
これならば、すべて自転車で頑張れるかな・・・電車に乗らないでも・・・と、事前にチャレンジするものの、やはりそれはかなりきつく。重たい吸引器と、いっちを乗せだと、足がわなわなと震えてきてしまいます。
仕方ない、やはり電車を使って見学会へと行きました。
2年後廃園になる予定の園。それは古く、私が幼い頃に通った園よりもレトロな感じでした。2階は無いし。
総勢30名ぐらいかな?集まっての説明会。聞きに来た親の誰もが、いっちが入園を考えているとは到底思えないのでしょう。
『ほらっ。後ろに小さい子が居るんだから、気をつけなさい!おもちゃ貸してあげなさいっ!』お友達と一緒に遊ぼうと、近寄るいっちを見かける度、親御さんのそんな声がします。苦笑いの私です(^^;)
説明はビデオでした。一応、障害児と一緒に~という方針で、担任はクラスに2人。クラス全体の先生と、障害児に対しての補助の先生と~という事でした。
その後、園長からの話し。不思議な感じのする園長先生でした。馴染みやすい先生では無さそうです。ちょっと話しにくそうだなぁ・・・と。
そして、説明会が終わり。何かあったら園長がその場に居るので、質問していってくださいねぇ~との話しだったので。他のママ達の質問が終わったところで、いっちを抱っこして話しに行きました。
まず、医療的ケアが必要な子であり、別室で付き添い待機をお願いたいのですが、了解してもらえるか。幼児教育センターでは、OKが出ていますが。一応、念のために、そして、一花の事を知って貰う為に聞いてみました。
『衛生の問題がね。綺麗な場所を提供できないから・・・』と。
!?!?!?!?!??!?!?!?!?!??!?!?!?!
何?この園長???
ちょっとイラッときました。けど、お友達がこのセリフでお断りされたって話しを聞いていたので、予想はついていた事。ここは冷静に、抑えて抑えて。
『吸引は、どんな場所でも出来ます。必要であれば園庭であろうと、トイレの前であろうと。ただ、私の座って待機させてもらう場所の確保、吸引器の置き場、合わせて折りたたみの椅子二つ分、それだけ貸してもらえれば。』と。
それでも、何か考えている振りをします。
『幼児教育センターで相談したところ、こちらの園ならば全然可能なので、とこちらを進められて来ました』
・・・というと、顔色が変わりました。
『だったら、まぁ~良いですよ』と。
『だったら』?『まぁ~』?なにそれっ!はっ・・・腹が立つ!けど、此処は抑えて抑えて。
では、宜しくお願いします・・・と、園を後にしました。
なんだか納得行かないままですが。他で受け入れが無い事には仕方が無い。
そして、9月20日。教室の見学会があったので、一花を連れて出かけました。
園内を簡単に見学するだけの見学会。特に何かあるわけでは無いのだけれど。
園庭で遊ぶ園児達を見学したりしながら、1時間程過ごしました。
まず気がついたのは、車椅子の女の子が居る事。年長さんなのかな?皆と一緒にお遊戯しています。
そして、ダウンちゃんが一人。いたずらっ子なのかな?先生一人をあーだこーだと振り回していました。
そして、気になったのが、もう一人のダウンちゃん。下駄箱のところで、一人ずーっと遊んでいるんです。誰も気にかけていません。先生も探して無いし。ずーっとずっと。
なんだか、切なくなってしまいました。その子は、そこが好きで居るだけなのかもしれないし、決して誰しもがほっておいているわけでは無いのかもしれないのだけれど。けれど、これが説明会で、障害児も健常児と一緒に・・・って強く言い張っていた、偉そうに言っていた現状でしょうか?みんなは、泥んこ遊びしているのに。。。
そして・・・それから色々と考えました。他の園の情報も、ママ達からいっぱい教えてもらって。
どうも、心が落ち着かないのです。受け入れは一応OKだけれど、やはり大きな壁を感じてしまうのです。医療的行為のある子に対しての、偏見みたいなの。そういうのが無い障害の子だったら、普通に受け入れますみたいな。
大きな原因は・・・園長先生が、
『一花の顔を一度も見なかった事。直視しなかった事。視界に入れなかった事』です。
説明会の時話しに行きましたが、一度たりとも一花の顔を見ようとしない。顔を私側に背けたまま話をします。受け入れたく無い気持ちがそういうところに出ていたのでしょうね。拒否している気持ちが。
入れれば良いの?他がダメで、仕方ないからその園をチョイスするの?
違う違う。
入れれば良いという問題では決して無い。けど、どこからも拒否され続けると、一花に合わないであろう園も一応受け入れがあるという事だけで、OKラインに入り込んでしまうんです。これは、大きく違います。私が間違ってます。とっても大きな間違いをしそうなところでした。
こんな歓迎されないところに一花を入れたって。一花だってきっとわかる。
受け入れてくれない人には、絶対に心を許さない人だから。そういう部分は小さい頃からの経験で、とっても敏感に育っているから。
喜ぶはずが無い。ひょっとしたらお友達とは上手くやれるかもしれないけれど、園長がイヤイヤ受け入れるような体制じゃぁ、一花がかわいそうだ。何かある度に、危険だから・・・と一人分けられてしまう可能性もある。
そして、遠慮しながらケアするなんて、親子揃ってなんだか想像するだけで切ない。ケアが必要、でも同道と同じように他の園児と一緒に、できる事は出来る、出来ない事は出来ないで育てていきたい。
改めて、一花を入れたい園を範囲を広げて、色々と探してみる事にしました。当然、I幼稚園の願書はゴミ箱へポイッです。
就園⑤に続く
■ 就園 ⑤ ■
一花に行かせたい園。一花が楽しめそうな園。
まずは、お勉強しない園。私立だと、最近は文字を教えるような園もあって。
声が無いいっちなので、いつかはそれは覚えてもらわなくてはならないけれど。けど、幼稚園の段階では、のびのびと育てたい。遊ぶ事に一生懸命になりながら、その中で集団生活というのもを学びながら。
知的面で遅れているいっちは、そこが何より経験の少ないところだから。まだまだ不十分だから。
自然が多い園。泥んこになってお友達と遊べる園。
生まれた頃から、病院生活が多かったいっち。在宅になったからといって、他のお友達に比べれば、自然の中で遊ぶという経験は天と地の差ぐらいはあります。
ましてや、自宅付近には泥んこになって遊べるような公園はありません。道だって舗装された道ばかり。一花が土の上を歩きたがらないのも、経験が少ないからです。療育園で園庭で遊ぶ日もありますが、砂場などは全然ダメ。まず土に触れない。けれど、療育園の園庭は、慣れにより克服できています。土の上だけれどきちんと歩け、遊べます。
確かに、過敏症ではあります。御飯を手でつかむ事も出来ないし、手が汚れる事を凄く嫌うから。けれど、経験を積む事によって、療育園の園庭のように、大丈夫になってきている部分もあるのです。なので、一花にとっては経験です。毎日通う幼稚園でどんどん経験を増やしていく事により、自然に克服できる部分が大きいと思われます。
そして、とっても大切だけれどもとっても難しい条件。
障害を持つ児童がいっぱいいる事。
このように書くと、ちょっと意味合いが違うなぁ・・・
ようるすに、障害児、健常児の分け目が無く共存できている園。難しいけど。
なぜならば、一花にとっては、障害があろうとなかろうとそれは全く関係無い事で。周りにいるお友達も、障害があろうとなかろうと、一花にとっても私にとっても全く関係無いのです。誰もがとても大切なお友達なんです。
そもそも、障害ってラインって何ですか?一見健康で問題が無さそうにみえても、心になんらかの偏見があったりで、ある人からみたらそれが障害に思えるって事だってあります。深く探り出せば、なんらかの障害が皆それぞれある事でしょう。きっと私にだって。
どこからが障害ですか?どっから分けるの?障害という手帳がついたら?定期的に病院にいかなければならないと障害とか?若干見える、全然見えない、うっすらと見える。片言喋れる、会話が出来ない、言葉が発せない。理解はどこからどこまで?
一花は、生まれた時から、病気を持って生まれてきました。障害を持つお友達もいっぱいいます。そして、障害を持つお友達も、元気で健康であるお友達も、一花にとってはどちらがどちらという境目は無く、だれもが大切なお友達なんです。そうして今まで育ってこれました。
できる事ならば、この環境をこのまま続けたい。一花にはこのまま真っ直ぐな素直な心で育って欲しいから。
バギーが押せるなら押しましょう。手をとってあげられるのなら手をとってあげましょう。変わりに歩いて用事を済ませてあげましょう。さすって病状が楽になる子が居るならば、さすってあげましょう。
そして、一花もそうです。上手く意思が伝えられないのならば、そばにいるお友達が意思を読み取ってくれる事もあるでしょう。歩けないながら頑張れば、きっと応援してくれるお友達が居るでしょう。背が低く、届かない物があったなら、きっととってくれる人も出てくると思います。
助けられる事は助け、助けてもらう時は助けてもらい。
なので、病状により、障害を持つ子ばかりの学校への選択という事はこれからあるかもしれません。けれど、できる事ならば、健常児のみの環境にだけは置かないで育てたい。そう思っています。
大人になるならば、嫌でもそうやって健常な人々の中で生きなければならない事もあるでしょう。けれど、今心を育てる時期から、偏りの世界だけを見せて育てるのは嫌なんです。
あんな子、こんな子、できる子、できない子。世の中どれが正しい子なんて決してありません。
いっちは、いっちの生き方で。それが一花の正しい生き方であると思います。
話しはずれてしまいましたが。
じゃぁ、そんな園は何処に?という事になります。
実は、ずっと前から気になっている園はありました。障害を持つお友達のママ達が、どこも受け入れられなかったら、最終的にはそこだよね~という場所です。
しかし、そこは受け入れが良いという事だけでは決してありません。とっても特徴のある園なんです。
ならば、どうして最初からそこに・・・と思われるかもしれませんが。なんせ、遠いのです。家から、片道1時間。途中から通園バスを利用したとしても、そのぐらいはかかります。けれど、近い園がすべてだめなので、どこをチョイスしようと、ある程度時間がかかってしまうのは仕方の無い事。それならば、遠くたって、理想に近いところに通わせてあげたいと。
ただ、まだ問題はあります。障害のあるお友達にOKが出たとしても、医療的ケアがあり、私が別室で付き添う事を了解してもらえるかは不明です。ただ、もう望みはここしかありません。
電話をしてみました。とにかく面接してもらおうと。
就園⑥に続く
■ 就園 ⑥ ■
K幼稚園へと連絡すると、すぐに面接の日が決まりました。
障害がある事は伝えましたが、詳しい質問は電話ではありませんでした。また電話だけで断られるのも嫌だし、とりあえず合ってもらわないと何も始まらないと思って。面接してもらうという事を第一に考え、詳しくは何も話しませんでした。
ただ、『何処の園でも受け入れ困難』と言われています・・・とだけ伝えました。けど、そのセリフといったら大きな爆弾ですよね。どっかんと。けどね、それでも障害については何も質問が無かったのです。
受話器を置いて。
面接してもらえる・・・一花に会ってもらえる・・・ただそれだけでグッと来る物がありました。嬉しいのです。何処の園も電話で拒否だったし、OKといわれた公立の園でさえ顔を背けられたのに。それなのに、何も聞かないで会ってくれると。
それだけで、うちとしてはかなりポイントが高くなりました。行った事も無いのに、その園の園長先生の方針が届いたような気がして。
面接は、それから数日後に行なわれました。
午前中という事もあり、パパにも一緒に来てもらいました。パパにも園を見てもらっておいて欲しかったから。私一人だと乗せられてさっさか決めてしまってもいけないし。
園長先生、副園長先生との面接です。
副園長先生は、直ぐにいっちの相手をしてくれました。ニコニコといっちの様子を見ながら。
そして、色々と条件やなにやらを話しました。しかし、全然つっかえる事が無いのです。すべてOKでした。
最初からそう思っていたのでしょう。どんな障害があっても受け入れようと。
吸引も見てもらいました。目をそらさずきちんと見てくれました。そして、あれこれの問題はあるけれど、『病気が良くなってきて、この子がどうやって発達が伸びていくか。とても楽しみね~。』と、副園長先生が仰ってくれました。・・・そんな事言われるなんて想像もしていませんでした。
病気の事もきちんと理解しようとしてくださっている様子で。これは大丈夫?あれは大丈夫?と、あれこれ質問されました。をきちんと受け止めて、理解しようとしている姿勢がわかって、嬉しかった。
ただ、一番心配なのが私の事です。毎日フルで付き添わなければならない。出来る限り園側でも助けるつもりではいるけれど、それにしても大変だと思うと。けれど、看護師さんが園にはなかなか来てくれないという現状があると・・・。ただでさえ、看護師不足な世の中なので、みんな病院へとられてしまうと。
なので、付き添いをお願いするしか無い現状だそうで。それは、何処でもそうだったから、別室にて付き添いをさせてもらえるという条件さえも、他ではOKが出なかったのだから。幼稚園の間は私は頑張る。
『だからね、一花ちゃんが園で生活している間は、お母さんも一緒に楽しんで』と。
実は、この園はかなりのマンモス園で。一学年に10クラス以上ある園なんです。だからといって、一人一人行き届いていないかというと、全然そうでは無いのです。先生の数も半端じゃ無いから。一クラスに3人とかざらで。
そんな園なので、ママ達もいっぱいお手伝いに来ています。幼稚園の中、誰が先生で誰が父兄かわからない程。一応、父兄はバッジをつけるので、かろうじてわかるけれど。けど、先生同士でも、知らなかったりする事があるぐらいだそうで。
で、そんな大きな園なので、ママ達のサークルもいっぱいあります。いっちが園に居る間、そういうところでお母さんも楽しんだら~という事でした。勿論、一花が慣れてくれば、吸引の合間に買い物に出かけられるぐらいに園側もできれば~と園長先生も言ってくださったけれど。ちなみに、障害児の親のサークルもあります。
面接している部屋から、一つの園庭が良く見えました。2~3クラスで運動会の練習をしているところでした。
障害を持った子に、必ず先生が一人つきます。これは、一花が入園しても同じようにつきます。その様子を見て、とっても安心しました。できなくても、皆と一緒に行なっていたから。
しかも、一クラスに介助を必要とする子が一人や二人が当たり前という環境。これが、私のポイントとしている部分にピッタリと合います。障害があーであれどーであれ、分けずにというところが。
園長先生の話しでは。この春から入園した子で、つい先日までボンベをしょっていた子が居たと。しょっていたといっても、最初は父親が付き添いで。ボンベしょいながら、追いかけていたと。そして、5分程ならばはずれても大丈夫という段階になり、先生にバトンタッチ。先生がボンベをしょいながら、ずっとそのこの介助をしていたと。そして、ようやく先日酸素がはずれ、元気に通っているとの事。
実は、この方。うちの近くに住んでいる方らしく、やはり何処でも断られ(ちなみに公立も断られ)、遠いけれど~とK幼稚園へと入園したそう。
園長先生が。
『何処でも入園拒否された子供達。家の園が受け入れなかったら、その子達はどうなるの?!』という考えで。なので、断られて駆け込んで来た人は、絶対に断らないそう。なので、うちも絶対に断らない。一緒に頑張りましょうと。
募集定員は、年中で100名。こんなにすべて受け入れていたら、あふれてしまうのでは・・・と思ったら。そういった場合は、他で受け入れられない子、ようは障害のある子を優先に入園させるそう。何処でも受け入れてもらえる子は、申し訳無いけれど他の園へと行ってもらうと。
凄いです・・・。勿論、定員なんてあって無いような物で。ほとんど断る事はしないそう。
感ずるのは、子供が多くて大変ならば、誰か人をもっと雇えば良い。それぐらいに思ってそう。
最後に、副園長先生が。
『いい事ばかりは言いません。嫌な事もいっぱいあると思う。理解してくれない親御さんもきっといると思う。それは覚悟しておいてね。』と。
ハイ。出来ています。これは何処へいってもありえる事だから。最初に説明させてもらう~からはじめ、少しでも理解してもらえる人が増えれば。それぐらいに思って。過度な期待をしすぎないように。
という事で。パパも私もK幼稚園にほぼ心は決定しました。
ただ、入園OKが出て嬉しいはずなのに。私の心は違いました。
就園⑦に続く
■ 就園 ⑦ ■
K幼稚園の面接をクリアし、願書を出せば必ず入園できる事になりました。
何処からも冷たくされ、嫌な思いもして、ようやくようやくゲットできた入園チケットです。
万々歳!
・・・となると予想していました。これで、いっちを私から一時的にでも離してあげられる。
生まれてから、病院で離れる意外はずっと一緒。時々パパにお願いするものの、殆どが私とベッタリないっち。療育園でも最近は私無しで、先生と一緒に遊んでいたりもするけれど。
けど、そのぐらい。
とにかく、私と一緒過ぎる事により、いっちの伸びるチャンスが少なくなっている事は事実だと思います。
しかし、離れる事は出来ない。病気の問題があるから。
事実、長期で入院すると、発達が全然違うのです。勿論、体の制限があるので偏った発達とはなりますが。けれど、私との会話だけでは限りが出てしまうけれど、多数の中に入ると、経験が少なくスポンジ状態のいっちは、どんどん吸収します。
病気で無くとも、子供というのはそういう部分があると思います。幼稚園に入り、親と離れる事によって、お友達との距離、集団生活、ルールを自然と学び。そうやってどんどん大きくなって一人の、少年少女、成人男女に近づいて行くのでしょう。
これでやっと。安全を守りながら、いっちに色々な経験をさせてあげられる。とにかく、毎日のように朝起きて支度して、そして、幼稚園に行けばクラスのお友達と一緒に遊べる。望んでいたものに近い、そういう環境を作れる。
元々は。
いっちが病気を持って生まれなかったら、私は店を続け。そして、いっちは早くから保育園へと入れる予定でした。入れるならば0歳児からと。
私の生き方の理想でもあったのだけれど。きちんと、自分の仕事を持った、大きい母親になりたかったから。それを見せながら育てたかったから。
そういう思いと共に。できる限り、色々なお友達と一緒に育ててあげたい。赤ちゃんから就学前までのお兄ちゃんお姉ちゃんが居る保育園で、仲良しを作ったりケンカしたり。そうやって、子供達の中でもまれながら、打たれ強い子に育って欲しい。そう思っていました。
それぐらい思っていた私なのに。ダメなんです。
・・・寂しくなってしまうんです。
生まれてから、ずっとずっと危ない時期を過ごし。ようやく在宅になったものの、泣かせないように、いつも近くに居て。ちょっとした変化も見逃したら大変な事になってしまうから。そうやて、ずっとずっとやってきて。定期的に入院を繰り返しながらも、在宅も慣れたもの・・・と思ったこの春にはまた危険な時がずっと続いて。ベッタリとくっついて、二人で一人みたいなのが当たり前でやってきたから。
笑っちゃいますよね。
同じ敷地内に居させてもらい、30分毎に吸引の為に会うのに。
それでも、なんだかいっちがどんどん離れていってしまうようで。それを想像しただけで、とても寂しいのです。
いつもいたずらに手を焼いて。『いい加減にしなさいっ!!!』なんて怒りながらも、いざ離れるんだ・・と思うと寂しいのです。
私だけかな。
療育園のお友達で。一つ上なのだけれど、いっちと同じ幼稚園に通う予定のママに、今回の面接の結果を話しながら。ぼそっとそんな気持ちがつぶやきました。喜んでいいはずなのに、喜べない自分が居ると。
したら・・・私だけじゃ無かったんですよね(='m')くすくすっ♪
お友達のママは、面接の時、
『毎日見学に行ってもいいですか?』『ずっと見ていてもいですか?』って質問したらしい(⌒▽⌒)アハハ!
医療的ケアは無いお友達なのだけれどね。けど、その心配な気持ちもよーくわかる。ずっと病気の心配しながら育ててきた同じ親だもん。
マリッジブルー見たいな感じ?全然状況は違うし、そもそもマリッジブルーを経験してないからわからないけれど。けど、結婚してしまえば~と同じで。入園してしまえば、そんな気持ちになる余裕もなく、毎日バタバタで過ぎ去って行くのでしょう。そうはわかっているものの、やっぱり寂しい。
笑ってやってください。
就園⑧へ続く
■ 就園 ⑧ ■
まずは。
此処まで根気良く読んでくださった方、ありがとうございます。
就園話しはこの第8章で一区切りとなりそうです。
あともう少し。頑張って読んでみてやってください。そして、『読んだよ』とご一報いただけると、私の肩こりも多少和らぐかと思います。ごめんなさい・・・ずうずうしすぎました(^^;)
願書を出すだけで、幼稚園は決定となりました。
ただ、いっちにとって幼稚園に通う事だけですべてOKというわけではありません。
日記にも書いているように。いっちには、発育発達遅延があります。
11月で4歳になるものの、体重はまだ一桁。発達はまだ1歳児程度と言われています。そんないっちが、いきなり年中さんとして幼稚園に入っても、皆に追いつく事は全くの不可能です。
けど。わが娘。そこだけは自信があるのですが。
最初はダメでも、努力は惜しまないタイプです。動く事に関しては、いつでも、120%の力を出して取り組みます。そして、過敏症であるので、最初は出来ない事も多いですが、理解していけば動く事と同じように、いつでも120%の力で臨みます。出来ない事の時は、その120%の力をそこから逃げ出す事にすべて注ぎます。
療育園での昼休み。フラフラになっては壁にぶつかってしまったりして。立ち上がれず、ハイハイで歩いてよたっていると、『だから~いっちゃんが思う程、いっちゃんには体力が無いんだから!もう危ないから無理よ。遊べないよっ!』って、他のクラスの先生にまで言われていたりする程、自分の力を振り絞って遊ぼうとしています。
そんないっちが幼稚園に入ったら。
頑張りすぎてしまうと思うんです。余裕が無く頑張ってしまう。良い意味でも悪い意味でも。ただ、ひたすら突っ走ると。良い事も悪い事も。
勿論、頑張って達成する事は大切な事です。幼稚園でそういう経験をいっぱい出来れば嬉しいです。
ただ、それだけではいっちが疲れてしまうと思われます。出来なくても良いんだよ。ゆっくりとあなたのペースで学んで行こうね。と、安心させてもらえる空間がいっちには必要だろうと。
さらに、体は仕方ありませんが、発達に関してはフォローも必要です。自然に追いつけというのには到底無理があり、追いつけないのは当たり前の事です。きっと、これからもずっとそうであろうと親として理解し、そして受け止めています。
けど、ゆっくりながら、いっちの発達を促していく事。これは欠かせない事です。
その両方を思うと、やはり療育園が必要不可欠です。
皆がいっちの事を理解していてくれて、発達を促してくれる。そして、いっちも温かく見守ってくれる人達の中で、怒られたり褒められたりしながらも、安心して居られる場所。
様々な決まりごとが各地でありますが。こちらの地域では、私立幼稚園に通う場合、週1回しか療育園には通園出来ません。公立だと平行で通うのは無理と言われています。認可保育とだと、保育園の行く回数も限られ、しかも療育園に1回しか通えない。そんな決まりごとがあれこれあります。市の予算の関係らしいですが。
なので、いっちは私立幼稚園週4回、療育園が週1回で通う事にしました。
そして、歩ける子で幼稚園や保育園に入っている場合は、療育園では通園クラスとなり、週に1回まとめられるそうで。いっちも通常ならばそれになりそうでもあります。
ただ、出来る事ならば今のまま、肢体不自由クラスでいたい事を担任の先生には話しました。
なぜなら、歩ける知的クラスに入ってしまうと、幼稚園でも追いつくのに必死で、知的クラスでも体力的に追いつくのに必死で、ただそれだけで目まぐるしく過ぎ去ってしまいそうだから。
それよりは、慣れたこのクラスで。
今の肢体不自由クラスは、年少、年中、年長と、3学年一緒。年少が週2回、年中年長が3回となっています。
なので、このまま学年が上がっても、メンバーがそれ程変わらないのです。しかも、2歳児の肢体不自由くらすちゃん、来年年少で上がってくるお友達も、1歳児のクラスの時にお友達だったり、NICUのお友達だったりする子が上がってくる予定なので、いっちにとっては慣れた子達ばかり。週に一度のこの通園が、いっちにとてはとても安心できてのびのびと出来る、幼稚園とはまた違う意味の良い場所になるであろうと。
ここでじっくり、幼稚園で学んだ事などをゆっくり復習して。慣れた環境で、出来るんだって自信をつけて。そして、また幼稚園へ望む。そんなようにできたらと。
先生にそう話すと、先生も同意見だと言ってくれました。
ただ、クラス編成の時、人数などの問題もあるので、そう上手く行くかはわかりません。けれど、どういうクラスになれ、療育園はやはり欠かせないと。そして、先生も、就学までいつまで通ったってかまわないのだから。そして、大丈夫だと思ったのなら、その段階でいつでも幼稚園へと移れば良いのだから・・・と言ってくれて。
ほんとは、無理だと言われるだろうと思っていたんです。
実は、就園の事は先生やワーカーさんなどに、これっぽっちも相談しないで、勝手に動き始めました。入院していたので、相談する暇もありませんでしたが、一言しようと思えばできない事は無かったのです。
ただ、『まだいっちには無理だよ』。そう言われると思ってました。体も勿論、退院して療育園に復帰してからというもの、なかなかいっちは集団に入れず。一人飛び回っていたから。もう少し完全療育のほうが良いと言われると。無理させてもかえって良く無いとか言われるかと。
けど、ビックリする程すんなりと私の思っている事を理解してくれて。それでOKと。
ベテランの先生で。幼稚園が無理な子には、ハッキリと無理だ、ダメだ、と言う先生です。親の希望だけで後押ししてくれるような先生では決してありません。先生のOKが出たならば、幼稚園に行ったほうが良いという事だから。お友達のママがそう言ってました。
なんだか、それだけで心配が半減しました。
勿論、色々な問題が出てくるかな?とも思います。子離れできない親とかね・・・私の事ですよん(^^;)
けど、少しずつ。医療の問題はあるけれど、いっちはいっちなりに成長していくのだから。一歩一歩進んでいかなければね。
以上で。いっちの就園についてのまとめは終わりです。
他の地域のように、看護師の配置などは全く無く、付き添いとなって私も毎日通います。この付き添いを認めてくれただけでも、この地域では凄い事です。他でも、もう一園あるらしいのですが。そちらだと、補助の先生が一人に一人付くという形にはならないそうで。それだと、いっちには厳しいかと思うのでね。
酷い地域ですよね。
このまま、体制が変わらないようならば。小学校に上がる頃には引っ越さなければいけないなぁ~と、漠然とですが思っています。そうしなければ、幼稚園の2年間、小学校6年間、中学校3年間。いっちの病状によりですが、全部だとするとこれから11年付き添いとなります。
それでも。障害を持った親だから仕方ないって事ですよね。障害を持って、医療的ケアがあるのだから親が付き添うのが当たり前って。市はそういう回答って事ですね。医療ケアが無い障害を持った子ならば、いかにも、『わが市は、障害児の事もきちんと考えてる!』みたいな対応をあからさまにするのにね。
で、文句があるんならば養護学校へ進めって事ですよね。選択は出来ないんですかね。この市は。
いっちが、養護学校のほうが適切だと私がその時点で思うならば、勿論そちらに進みます。しかし、普通学級の方が適切だと思っても、そこは我慢しろって事ですよね。ならば、ずっと付き添えと。
文句タラタラでごめんなさい。
今はね。絶対的に付き添いが必要な段階なんでね。もし、看護師がつくといっても、当面は付き添うから同じ事ですがね。
ただね。これからこの市に住んでいても、いっちの進む道に限りがあるんだなぁ~と思うと。やっぱりこんなところには住んでいたく無いなと。これ以上税金払いたくないなと。いくら払ってもね、自分の子供の望む進路に対し使われないのなら、うちにとってはきちんと使ってもらっているとは思えないし。うちにとっては住みにくい土地なのだろうと。
就園問題。とりあえず、此処までで一区切りとなります。
長々と読んでくださり、ありがとうございました。

07:10
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