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一花がおなかにいた頃から今までのこと、ずるずると書いてみました。 いったん発覚!! 2003年の4月のある日、近くの産婦人科で発見されました。妊娠2ヶ月。まだはっきりは言えないが、予定日は12月9日という事。なんか信じられないというか、不思議な気持ち。結婚して9年目にようやく家族が増える。男の子かな?女の子かな?まあどっちでもいいけど、男の子だったらサッカーやらせようかな?女の子だったら・・・。そんな事を考えながらパパにメールを送りその足で近くの私の実家へ報告。パパの実家には落ち着いたら連絡しようとその日は就寝。 翌朝5時頃一本の電話が鳴る。パパが電話をとったあととても悲しい声が聞こえたーパパのお父さんいったんのじーじになろう人がなくなった。お母さんはもう亡くなっていたので、とうとうパパは自分の子供を見せる事が出来なかった。それどころか報告さえも出来なかった. あわただしく進む葬儀の準備や雑務に追われていると、ママのおなかで小さないったんの悲鳴か、少々の体調不良があったりもしたけれどなんとか無事終了した。 そして妊娠3ヶ月少し成長が遅いのか予定日が12月14日に変更された。それでも順調という事で4ヶ月目も過ぎていった。ほとんどつわりも胸焼け程度で済んで、あ〜妊婦って思ったより大変じゃないかもなんて思っていた。あまかった・・・。 小さい?? 妊娠5ヶ月目位から検診に行くと担当の先生に‘ちょっと小さいねえ’と言われるようになった。平均の範囲の一番下あたりだけれども、あかちゃんは元気そうだししばらく様子を見ましょうとの事。‘おかあさんも小さいから、あかちゃんがあなたにあわせてるんだね’そう、いったんママは結構背の低い痩せている人。でも生まれた時は3500グラムもあるおでぶちゃんだったはず・・・。それから6ヶ月が終わるまで検診に行くと‘小さいけど元気’と言われ続けていたが、7ヶ月目に入って担当医が‘このままで行くと、予定日に出産しても2000グラム行かないかもしれないから、ここの病院では無理です!!’え〜!!!いったんママがこの個人病院に決めたのは家からとっても近いのと、とっても綺麗で、出産入院の時の食事がなにより豪勢でおいしいという事で、検診はすごい人気がある分混雑して待ち時間が長いけど、けどけどたえてきたのに〜!!あ〜夢の出産さようなら〜!!! そして紹介状を持って大学病院へ。幸い先生は個人病院で見てもらっていた先生。週に一度大学病院から個人病院へ来ていたらしい・・・。さあ検査、検査、もし先週より大きくなってたら個人病院にもどってもいいって言われるかな〜?と思っていたら・・・‘すぐ入院ね!’えっど〜して!!! 入院生活 まあ色々と支度もあるだろうから・・・と言って先生は入院まで2日間あけてくれた。さあ大変、いったんママはお店を持っているのでスタッフの給料や支払やらどうなるの〜!!でももうどう考えてもあがいても入院は入院。出来ないものは出来ない。すべてをパパとスタッフにお願いして入院生活が始まった。 あかちゃんが小さい、あかちゃんの心音がおかしい?え!心音・・・初めて聞いたぞ!!不安に思いながら8人もいる大部屋へ。団体行動が苦手なママに耐えられるだろうかとても心配だったが、個室を借りられるような身分でもない。しかしそこは病院なんだろうか?というぐらい患者は明るい。そう妊娠は病気とは違うので出産という終わりがあるからだ。あっという間になじんでしまった。明るいといっても皆ほとんどは点滴をずーっとつけたままで、大きいおなかをかかえ部屋の半数の人はシャワー禁止、または何ヶ月も寝たきりでトイレにも行けないことはもちろん、食事さえも寝たまま食べなければならないような状態の人までいた。それはそれはとても辛そうだ。そのなかでもいったんママの症状はまれだった。なかなか大きくならないあかちゃん・・・切迫早産ではないので点滴もつけていないし、お腹が小さくて目立たないので知らない人には‘いつ生まれたんですか?’などとよく言われていた。でも同室のとくに第2子出産予定ママたちは、‘きっとのんびりやさんなんだよ’‘個性的なんだよ’などと言って元気付けてくれた。看護師さんたちも心音をききにくると‘○○さんのあかちゃんのいつも通りの個性的な心音・・・今日も元気です!’などと言って明るく対応してくれた。そうして病室で話していると、まるで規則の多い修学旅行のような気分だった。ただ、あかちゃんが小さいということは何かあるかも知れない・・・という不安は常にあった。 出産目前 入院している間担当医からは、あかちゃんの成長が止まったり元気がなくなってきたら帝王切開で出産。でも出来れば1500グラム35週を超えたほうが良いと言われていた。しかし入院当初1300グラムしかなかったあかちゃんだが、わずかながらもマイペースに育っていった。しかもすごく元気!担当医も‘この子元気は元気なんだよね’と言っていた。そしてとうとう正期産といわれる37週突入。 出産は自然分娩か帝王切開になるかわからないけれど、37週になったのでもうおなかに居るよりは外で大きくなったほうが良いと言われ薬で誘発することに。まず2日間挑戦。しかし子宮口は1センチしか開かず、担当医も‘この子出る気ないね’なんて言っていた。とりあえず3日目は休憩でいっぱい歩いてあかちゃんを下に下ろすようにと言われ、病院の階段を8階まで上り下り。今まで安静にするようにとほとんどベッドから動かない生活から一変、これがかなり効いた。といっても子宮口が開く事ではなく足に効いた。すごい筋肉痛!!そして4日目、またも薬で誘発するものの全然あかちゃんが出てこようとしない。就寝時間も近づいてきたので、内診で看護師さんに子宮口をチェックしてもらって部屋に戻ろうとしたその時・・・破水!!えっ!うそ!とにかく出産待機室でその夜を過ごすことに。 出産当日 朝担当医が飛んできた。‘○○さんの破水は絶対さけたかった〜’そういわれても自分じゃ止められないし!!‘とにかく今日出産にするから!点滴で陣痛促進して、羊水がなくなってきたら羊水の代わりの液を注入する。でもまだ自然分娩って決まったわけではなく緊急で帝王切開になるかもしれないから食事は抜き!’えっ今日?しかも羊水をいれる??自然分娩か帝王切開かわからない??しかも今日っていうとママ父の誕生日!! ベッドで点滴につながれて、陣痛に耐える私。想像していたのはパパが横についていて背中をサスサスしてくれて・・・。そんな夢は打ち砕かれた。おなかにあかちゃんの様子がわかる機械をつけていたのだが、あかちゃんがどうやら辛いらしい。慌てて担当医が羊水を入れる。それがかなり痛い!!陣痛促進剤の点滴とダブルの痛みでかなり痛い!!しかも前日の筋肉痛も痛い!!でも子宮口は開かない!!たすけてー!!担当医がチェックしているのでほとんどパパは部屋に入れない様子。 痛みがかなりピークに達した時、看護師さんが子宮口をチェックするといきなり全開!!そんな時に限って担当医が居ない!!他の先生達が慌てて来て看護師さんと言いあっている‘いいよ!俺がとりあげる!!’と言った先生に抱えられ分娩台へ。周りを見ると先生達がいっぱいで担当医も戻って来ていた。そして先生たちのもめる声・・・。‘なんだよ段取り悪いな!!’‘いい!この子りきむの上手だからこのままいこう’え?どうやらあかちゃんにストレスを掛けないように引っ張り出そうとしていたらしいが、その機械が近くになかったらしい。痛みで叫びながらもきちんと聞こえていた。それにしても30歳過ぎた私に対して‘この子’って?でもお調子ものの私はその声に応えてがんばった。3回ぐらい力んであかちゃん誕生!!! ‘1998グラムほしいな〜!!見た目まったく普通の女の子!!’う〜痛みで喜んでいいんだかよくわからない・・・。担当医の先生が直後に言った言葉は‘みんなに見守られて出産できてよかったね〜’・・・どうやらその日いた産科の先生たちがほとんど集合してたらしい・・・。はずかし〜。そして‘胎盤どれ?あっ写真とらなきゃ!!’とはしゃぐ他の先生。どうやらあかちゃんの心音が悪かったり、小さかったのは胎盤についた臍の緒の位置が悪かったかららしい。写真をとるなんてまさに大学病院らしい。 |
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