今までのこと(3)

 生後三ヶ月目

 抜管??

 手術の迷い

 手術

 術後

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今までのこと(3)
  喉頭軟化症・・・先生の口からやっとその病名が出た。成長に伴い治る病気だ。
正直ホットしていた。しかしどのくらいで治るかは決まっているわけではない。そして喉頭より下の気管については、3キロを超えないと全身麻酔での検査は出来ないので、今の段階では判らない。
気管挿管され、こんなに頑張っている一花に早くがんばって大きくなれなんて私は言いたくなかった。もう充分頑張っている一花。ゆっくりでいいよ・・・一花のペースでいいよ・・・。そしてとにかく一花が楽しいと思える事をなんでもやろうと思った。この子の笑顔が見たい。

生後三ヶ月目
 気管挿管されて、ミルクを管から注入している一花。その事以外ではとても元気で、いつもお腹がすいた!と足をバタバタ。看護師さん達もミルクの時間の15分前には、「いっちゃん!また早弁だね!」と言ってミルクを持ってきてくれる。誰に似たのだろう〜?けれどもそのおかげか、順調に体重も増えていった。
 気管挿管されてある程度たったので、挿管チューブの交換。先生がワンサイズ太いチューブを試してみるとみごと入った!先生の話では、多分気道は成長と伴に太くなっていて、体の大きさからいうと標準に近い太さになっているとの事。
よかった〜!これで一つ病気はクリアした!それなら喉頭の部分もきっと出来上がってきているにちがいない!きっともうすぐチューブは抜けるんだ・・・そんな期待をしていた。
 もうすぐ3キロになる頃いつものように抱っこしていると、一花の様子がおかしい?なんだか呼吸が速くて苦しそう?先生もいつもと違う一花を見て、すぐにレントゲンを写す事に。
肺炎だった・・・その状態で全身麻酔での検査は、炎症が広がるといけないので出来ないとの事。そして再び呼吸器をつける事になった。そして腕には抗生剤の点滴。
しかし、何で肺炎になったのかが判らない。チューブからミルクが入ってしまったのか?痰が多くなって肺に溜まってしまったのか・・・。何度血液をとって検査しても、抗生剤の効き目がないのか炎症反応が下がらない。辛い肺の洗浄にも一花は毎日耐えたが、それでも治らない。そして造影剤を流して食道の検査、出来る範囲での気道の検査。結果は肺炎になるような重大な症状はないらしい・・・。思い当たる原因は、挿管チューブを太くしてから肺炎になった事ぐらいだった。そこで先生は抜管に踏み切った。    

抜管??
  一花の声が出た!生まれて気管挿管するまでは、ほとんど声を出す事が出来なかったし、気管挿管では声が出ないので、初めて聞けた声。今まで頑張ったね、偉かったね一花。もうミルクも口から飲めるし、手もバタバタ出来るんだよ。
そしてやはりチューブを抜いた事により、肺炎も治まっていった。
・・・しかし以前飲めていたように、ミルクを飲む事がなかなか出来ない。先生の話では、大人でも長く気管挿管していた人は、飲み込む事が難しいらしい。しかし心配したのもつかの間。食いしん坊の一花♪2日ぐらい経つと、ゴクゴク飲み過ぎるほどよく飲んでくれた。
 このままどんどん良くなってくれれば・・・しかしそう上手くはいかなかった。成長して甘え泣きするようになった一花。以前のように顔色が悪くなると急いで気道を確保しなければならない。やはり危険だという事で、再び気管挿管になった。
一花の声を聞けたのは、わずか一週間位の間だけだった。
 そして検査を待つ日々。ある日担当のT先生が居ない時、私が抱っこしていると、なんだか挿管チューブが変だ?浮いているような感じ・・・あっ!と私が思った瞬間一花が泣き出した。一花が自分の舌でチューブを抜いていまっていたのだ。一瞬で一花の顔色は真っ青!看護師さんと先生が急いで来て、私は外で待つように言われた。待っている時間、一花がどうなってしまっているのか、どんどん嫌な状態ばかり想像してしまう・・・。しばらくして処置してくれた先生が来た。「大丈夫ですよ。すぐ治りましたよ」その言葉を聞いて涙が出そうになった。一生懸命泣かないようにがんばって一花の所にもどった。
 次の日担当のT先生から話があった。全身麻酔の検査の時に、一緒に気管切開をしたほうがいいのかもしれないと・・・。


手術の迷い
  担当のT先生は、一花は気管切開をしたほうが良いのではないのかと、ずっと他の先生達から今まで言われていたようだった。でも待てる事なら自然に治ってもらいたい・・・そんな先生の気持ちが今までずっと伝わってきていた。
しかし先生は、前日に挿管チューブが抜けて苦しくなった一花の事を考えて、気管切開を薦めてきたのだと思う。私も昨日の事を思うと、気管切開をしたほうが良いのかもしれないと決めかけていた。
T先生から気管切開の説明をされる。メリット、デメリット・・・そして「一緒にいっぱい悩みましょう。すぐに決めなくても良いのだから、麻酔の先生や外科の先生にも相談して。」と言ってくれた。
 気管切開する事にはあまり迷わなかった。それだけ一所懸命慎重に考えてくれているT先生が進めるのなら。そして気管挿管より気管切開する方が、一花の発達、発育のために良い事なのだろうと。それはパパも同じ気持ちだった。二人ともあまり迷わずあっさりと決定した。けれど手術が怖かった。あんなに小さな体にメスを入れるなんて・・・体が耐えられるのだろうか・・・。
そして外科の先生からの話があった。外科の先生はもう気管切開しなければならないと言うか、するべきですと言っていた。外科の先生もT先生に気管切開を薦めていたらしいが、やはりギリギリまでT先生は手術しないでいられるのなら・・・とストップしていたらしい。通常はもっと早く気管切開する場合が多いのだそうだ。
2月27日生後3ヶ月になる2日前、AM9:00より全身麻酔による気管支鏡の検査及び気管切開の手術が決定した。


手術
   手術の前日。面会時間の始まる1時に病院に入った。一花を抱っこする・・・今日はず〜と、ず〜と抱っこしてるからね。看護師さん達が心配して色々話しかけてくれる。以前担当だった看護師さんも仕事が終わってから面会に来てくれて、面会時間が終わるPM8:00までずっと一緒にいてくれた。
夜、麻酔の先生からの話があった。自分と外科のK先生が行う事なので、絶対に大丈夫です!と力強く言われた。だからといって恐怖は消えない。明日なんて来なければいいのに・・・。
 手術当日、朝8:00に病棟に行った。パパと交代でギリギリまで一花を抱っこさせてもらっていた。なんでこんな時間にいるの?不思議そうな顔の一花。そして手術室に向かう時間が来た。抱っこしている一花を降ろしたくない。怖くて泣きそうになるのを懸命にがまんした。一花が不安になってしまう、絶対に泣いちゃいけない。
T看護師さんが「これを忘れちゃいけないねっ!」と言って、いつも一花用に作ってくれているおしゃぶりをしゃぶらせた。
手術室に向かうエレベーターの前で一花と離れた。パパと二人、ロビーで手術が終わるまで待つ。しばらくすると、先生と一緒に一花を連れて行ったT看護師さんが帰って来た。「これはダメだって・・・」悲しそうな顔でおしゃぶりを私達に見せた。
1時間位たった時、T先生が手術室から出て来た。最初に行った気管支鏡の検査の簡単な報告だ。気管支鏡の結果は、気道が狭くなっている部分があるという事だった。そして「これから気管切開の手術を行います」と言って再び手術室へともどっていった。
それから一時間位たっただろうか、一花が私達の前に現れた。泣いている!・・・よかった生きている。


術後
  手術が終わった一花にきちんと逢う前に、外科の先生から話があった。まず気切の手術は無事終わった事、そして気管支鏡の検査の結果。
手術の途中に担当の先生から話があったように、気道に狭い部分がある。場所は気道から気管支が分かれる手前、かなり下のほうだ。
ずっと気管挿管していたので狭窄が起こったのか?と思ったが、そうではないらしい。
外科の先生はかなり渋い顔をしていた。成長と伴に治るかもしれない・・・しかし治らないとなると、手術をしなければならないが、かなり難しい手術になると言われた。心臓や肺に近い部分、同じ気道でも上の方の手術は出来るのだが、下のほうはかなり危険だという事・・・。どうして一花ばかりこんな辛い思いしなければならないのだろう?
話が終わって病室に行った。一花は動かないように体を抑制されていて、気切部分のガーゼは真っ赤に血で染まっていた。そして手術後着替えた洋服にも血が付いていた。きっと痛くて泣いているんじゃないか?と思っていたがまだ麻酔が少し残っている様子。時々痛そうな顔をするが思ったより落ち着いている。
動かしてはいけないので、しばらくパパと二人で一花を見ていた。無事にもどって来てくれて有難う、生きていてくれてありがとう。そして抱っこが大好きな一花、こんなに頑張っているのに、抱っこしてあげられなくてゴメンネ・・・こらえきれなくて涙が出てしまった。看護師のSさんが私達の周りをパーテーションで囲ってくれた。そして「ママ今までずっと我慢してたんでしょ、思いっきり泣いていいよ。偉かった!」と言ってハンカチを差し出してくれた。
 病室から帰る時、担当のT先生が言った。「今は、いっちゃんが成長して治る事を期待しましょう」そう今はそれしかない。今、気管狭窄の事をどう考えたって手術出来る訳ではないのだし、幸いその症状も出ていない。細いと言われた気管も太くなった。狭窄だって治るかもしれない。その時そう思った。そして今現在も思い続けている。


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